おいで この腕の中

跡部景吾が死んだ。

その衝撃的なニュースは瞬く間に氷帝学園中をかけめぐり、30分もすれば学園の全生徒の知る所となった。
話をきいた者は皆彼の死をおおいに悼み、その日は学園全体が1日中悲しみに包まれていた

夜になり、納棺された跡部の遺体は氷帝学園へと運びこまれた。
氷帝学園では生徒が死んだ際、葬儀を学園内で執り行うしきたりがあった。
そして葬儀自体も特殊であった。
本来であれば通夜の翌日が告別式だが、この学園では逆に行う。
先に式をすませ、最後の別れを告げた後、棺を打ち付けてしまうのだ。
そして親族や生前親しかった者がそのまま学園に残り、夜通しで遺体を見守るのである。
何故このようになったのか、そもそも何故そんなしきたりが氷帝学園にあるのかは誰もわからない。
しかしながらこれが伝統であり、跡部の葬儀も伝統にのっとって行われた。

跡部は男女問わず多くの者に愛されていた。
そのため、通夜に残りたいと言う者は大勢いたのだが、あまりに大人数で残っては親族に負担がかかる。
跡部の親族以外には彼と親しかったレギュラー達、そして顧問の榊太郎だけが残る事となった。

「皆さん、少し休まれてはいかがでしょう?」

跡部の親族に声をかけたのは榊だ。
時間は既に深夜3時をまわっている。
夜通し遺体を見守るのが通夜だが、中学生にはさすがに辛いようで、レギュラー達はすっかり眠りについてしまっていた。
榊は彼らに毛布をかけていたのだが、その手を止めて声をかけた。

「ここからは私が変わりましょう。」
「ありがとうございます。ですが…。」
「もちろん無理にとは申しません。しかし皆さんもお疲れでしょう。私は仮眠をとらせて頂きましたから差し支えなければ交代いたしましょう。」

そう言われ、親族達は目配せする。睡眠をとりたいのは確かだ。
暫く迷っているようだったが、やがて親族の一人が申し訳なさそうに答えた。

「それでは1時間ほど…。1時間経ったら起こして頂いてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。…ただ、この部屋はご覧の通り、生徒達がいるから休むには辛いでしょう。隣の教室に布団を用意してあります。どうぞそちらをお使いください。」

親族達は提案を受けて隣の教室へと移動した。
榊はレギュラー達に毛布をかけ終えると、跡部の棺の傍に座った。
遺体を見守る為に。

遺体から離れてはいけない。
悪いものが狙っているかもしれないから。
一度も目を離してはいけない。
目を離した隙に持って行かれるかもしれないから。