夜が明けて、跡部の遺体が火葬された。
早くお墓に入れてやりたい、という両親のたっての希望により、彼の遺骨は早々に納骨された。

その数日後の晩の事である。
とある屋敷の一室で一人の少年が目を覚ました。

室内に窓はないようで、天井にある蛍光灯だけが室内を照らしていた。
調節をしているのか弱々しい。周囲がぼんやりと見える、その程度の光しかない。

少年はゆっくりと身体を起こした。
そしてあたりを見渡してみる。やはり窓は無い。
窓どころかその部屋にあったのは少年が横になっていたベッド、そして部屋の隅に机と椅子がひとつ。
たったそれだけ。
部屋には生活感がみられないのに、少年が寝ているベッドは清潔に手入れされているようだ。
少年が違和感を感じていると、部屋のドアが開き、一人の男が室内へ入って来た。

「気がついたようだね。」

その男は少年にとって見慣れた、同時に信用のおける存在であった。
少年は驚き、彼の名前を呼ぼうとした。

「…かっ……!?」

言葉にならなかった。
声を出そうとしたが、出せない。
口から出るのは言葉とはいえない音ばかり。
少年は無意識に喉元に手を当てた。
上手く呼吸が出来ない。
やがて少年は気付いた。自分が呼吸をしていない事に。

少年は驚いて、反射的に喉元を見ようとした。
もちろん自分では見えなかった…が、代わりに自身の腕が目に入った。
やけに袖が広い。
袖口を、腕をしげしげと眺め、視線を更に下に落としてみた。
まるで薄い布を巻いただけのような衣装。これは着物ではないかと推察する。

「着物がそんなに珍しいかね?…それとも、その服がどういったものか、流石にお前も知っているのか?」

少年はその問いに対して、自身の喉を指し示し、口をぱくぱくと動かす事で答えた。
回答しようにも言葉を出せないのだ、と。
男はその意を汲んだようだ。

「ああ、話せないのか…。ゆっくりと深呼吸してみたまえ。イメージだ、呼吸するイメージ…。…そう。それでいい。」

男の指示に従い深呼吸のようなものをしてみると。だんだんと声を出せる様になってきた。
繰り返すにつれて少年の頭も覚めてきた。
少年は今の状況を冷静に考えてみる。

呼吸をしていない事、着用している着物の意味。
着物は白く、無地であった。着物にあまり縁がない彼でも知っている。
この衣装を死に装束と呼ぶ事は。

そして思い出した。これを着る事になった原因を。

少年は"生前"大量に血を抜かれた。
彼の血を抜いた生き物はかつて死んだはずの人間。
少年は生前から聡明であった。
この事が学園の伝説通りである事には直ぐ気付いた。
死人が墓から蘇るという起き上がりの言い伝え。ここから導き出される答えは…。

「監督、俺は起き上がったんですね。」

監督と呼ばれた男は目を見開いたが、それも一瞬の事で、すぐに元の澄まし顔に戻った。

「やはりお前は頭が良いな。既に理解したか…。」
「じゃあやっぱり…。」
「その通りだ。おめでとう、跡部。お前は再び生を得たのだよ。」

少年は死んだはずの跡部景吾であった。

彼の身体は火葬されてはおらず、実際にはこうして残っていた。
監督--榊の手によって周囲が気付かぬうちに入れ替えられていたのだ。

そして跡部は榊の言葉で確信を得た。
やはり斉藤は起き上がりだったと。
自分も斉藤の様に血を吸う化物になったのだと。

聡明である事は良い事だと、それを疑った事は一度もなかった。
だが跡部はこの時初めて心から思ったのだ。
自分が多少愚鈍な人間であれば良かった、と。
そうだったならきっと気付く事もなかったのに。

跡部にはわかってしまった。榊がここにいる意味も、氷帝の風習もそのからくりも。
そして決断を迫られる事も。
跡部は自身の能力と運命を嘆きながら、榊の話に耳を傾けた。

真夜中に目覚めて 狂気 愛 飲み干す