僕は深く突き刺す

すっかり夜もふけ誰もいない部室で、跡部は一人黙々と部誌を記入していた。
時計に目をやれば、時刻は21時を示している。

「もうこんな時間か…」

流石に帰らなくては家の者が心配するだろう。
跡部は記入を終えた部誌を閉じ、立ち上がった。その時…。

コンコン。

ドアをノックする音がした。

こんな遅くに、誰が?
跡部の身体に緊張がはしる。

「部長、いますか?忘れ物をとりに来たんですが…。」

この声は斉藤と言う名の部員のものだ。
跡部はホッと息をついてドアへと向かいながら答えた。

「ああ、開けるから待ってろ」

この時に跡部は気付くべきだったのだ。重大な間違いを犯そうとしている事に。

彼が練習後で疲れていなければ、あるいは病気が流行っていなければ。
あるいは男子テニス部の人数が200人などという大規模なものでなければ気付けたかもしれない。
だが彼は気付かぬまま、ためらう事なくドアを開けた。

ドアの外には斉藤が立っていた。
開かれたドアから漏れる室内の光に若干眩しそうにしながらも、跡部を見ると、軽く頭を下げた。

「すみません、部長…。」
「俺様が残ってて良かったな。」
「はい、本当に…。」
「だが俺様も帰る所だ。とっとと忘れ物持って…。」

跡部が室内へ顔を向けた途端、彼の身体を鈍い痛みがおそった。
見れば斉藤が抱きつき、首筋に顔をうずめている。
痛みを感じたのはその部分だ。
そして同時にじゅるっ、じゅるっと何かを吸う音が跡部の耳に届いた。

血だ。
体内の血が急速に抜けて行く感覚。
跡部は血を吸われている事に気付いた。

ところが彼は一切の抵抗をしなかった。抵抗しようとさえ、何故か思えなかったのだ。
今の状況がおかしい事はわかっているのに、それでも動かなかった。
どんどん血が抜かれ、徐々に思考力もなくなり、視界もぼんやりとしてきた。

「部長が居て良かった。本当に…。」

思うままに跡部の血を吸い、顔をあげた斉藤はそう言って口元をぬぐった。
彼の手の甲についた赤い色。笑った口からのぞく犬歯。
まるで吸血鬼に生まれ変わったようだな、と跡部は思った。

生まれ変わった―――――そうだ。

跡部はようやく気付いた。自分が見落としていた部分に。
斉藤は5日前に死んでいた事に。

薄れ行く意識の中、跡部の脳裏には数時間前にこの部室でなされた会話が巡っていた。

この前だって2年が死んだし、もしかしたらソイツ起き上がるかも…。