君は惑い揺らめく

氷帝学園。最新鋭の設備を導入し、近隣に建つどの施設よりも現代的と言えるこの学園には、ひとつの言い伝えがあった。

死人が墓より出でて『起き上がり』となり再び生を取り戻すのだ、という、およそこの学園には似つかわしくない古風なもの。
当然、死人が蘇ったことなど一度とて無いというのに何故かこのような話がある。
火の無い所になんとやらとはいうが、実際に起き上がった者を見た者は居ないのだから、この話を信じている者は少なく、言い伝えはもはや一種のおとぎ話のようになっていた。
先輩から後輩へ、持ち上がりの生徒から外部生--つまり、エスカレーター式の氷帝へと途中編入した生徒達へ挨拶代わりに語られる。
それが氷帝学園の風習。

「くだらねぇ。」

1年の時に喜々としてこの言い伝えを語って来たクラスメイトに対して跡部はこう返答した。
あれから2年経った今。同じ話をしてきた目の前の相手に同じ言葉を言ってやれば、相手は「心外だ。」と言わんばかりにテーブルをバシバシ叩いた。
どうやらこのおとぎ話をすっかり信じきっている様子だ。

「だから何度も言ってんだろ!これはマジだって!マ・ジ!!」
「そんなの信じてるのはテメーぐらいなもんだろ?」
「んな事ねーよ!!なあ、亮!?」
「えっ…!?」

同じく話をきいていた宍戸は自分の名を呼ばれて沈黙したまま目をそらした。
理由は単純明快。彼の態度を見た跡部はフッと鼻で笑った。

「どうやらテメーだけのようだな?向日よ。」
「くそくそっ!!これマジなんだかんな!!この前だって2年が死んだし、もしかしたらソイツ起き上がるかも…。」
「はいはいストップ。岳人。死んだ人の事はそうやって面白可笑しく話すもんやあらへんよ。」

忍足が手を打ち鳴らして向日の言葉に制止をかける。
宍戸もうなずきつつ賛同の意を示した。

「そうだぜ。死んだ奴の事をネタにしたら可哀想だろ。」
「うっ、わかったよ。」

それでもぶつぶつ呟いていた向日だったが、突然「あっ」と声をあげた。

「…そーいえばさ、そいつ"あの病気"で死んだって話じゃん。」
「岳人!」
「だっ、だって気になるだろ?変なビョーキ流行ってるじゃん!」

再び忍足に窘められるも、今度は食い下がった。
実はここのところ氷帝近隣で不可解な病気が流行っており、氷帝学園の生徒も数名発症していたからだ。
原因は不明。医者の話では、発症すると貧血のような状態になり、数日後には死亡するという。
死因もまた、不明であった。
こんなことが自身の居住域で立て続けに起こっていれば、向日でなくとも怖いというもの。
氷帝の最近の話題はもっぱらこの事で、向日が伝説について語り出したのも元はといえばこの件で死者が出ていたからだ。

「病気になんかぜってーかかりたくねぇよ…!」
「ほなら、手洗い、うがいはキチンとせーへんとなぁ。」
「うるせえよ!くそくそ侑士、ばかにしやがって!!!」
「おい、そろそろ部活始めっから支度しろ。」

跡部の言葉で雑談タイムは終了。全員ラケットを持って部室を後にした。
揃いも揃ってテニスが大好きな奴らばかりだ。
部屋から一歩外に出ればもうテニスをする事しか頭に無い。
先ほどまで話していた内容などすっかり忘れて熱心にボールを打ち込んでいた。