江戸時代パラレル

思い立って書きました。
続きは書きたいと思ったので特設ページを作りましたが
実際に書くかは未定なので短編集という扱いにしています。

*出会い

すっかり夜もふけ人気のなくなった江戸の町を、宍戸はお供の長太郎を引き連れ歩いていた。

「あれ?」
「どうしました?」
「いや、あれ…。」

お供の長太郎の問いに宍戸は指を指して答える。
彼の示した先は家屋の間の狭い路地。そこに男が一人、うつぶせで転がっていた。
二人は顔を見合わせ、ゆっくりとその男に近づいた。

みたところ男に外傷はない。
腰に刀を二本差しているものの、その身なりはとてもみすぼらしく、武士というよりは浪人に近い風貌であった。
何があったかは知らないがこのまま放置しておくのは忍びない。
ひとまず声をかけてみる事にした。

「おい、大丈夫か?」

宍戸の問いかけに返事はない。
手を伸ばして男に触れようとしたが、それを長太郎がやんわりと制止した。

「お手が汚れます。俺が。」

言うやいなや、長太郎は男の元に跪きその身体を大きくゆすった。
男からうーんと小さなうめき声があがる。どうやら意識はあるようだ。

「おい、お前名前はなんという?何故倒れている?」

すると男はゆっくりと目を開いた…と思いきや、腹へったと小さく呟いてそのまま意識を失ってしまった。
あわてて首に手をあて脈拍を確認する。
どうやら寝ているだけだとわかり安堵したものの、こいつを一体どうするべきか、長太郎は主人を仰ぎ見た。
宍戸はあごに手をあて何やら思案していた様子だが、よし!という声と手を打ち鳴らした。

「長太郎、そいつ運びな。」
「はっ…?ああ、奉行所に連れていくんですね。」
「いや、屋敷に連れ帰る。」
「はあ、屋敷に……ええっ!?」

長太郎は思わずすっとんきょうな声をあげた。

「こんな得体の知れない者を屋敷に!?危のうございます!」
「うるせぇ、もう決めた。黙って運びな。」
「…はい。」

主の命令とあらば長太郎に断る権利などない。渋々男を抱えあげた。
二人は屋敷へ向けて夜道を歩きはじめた。
この拾い物が後々大きく運命を変えることなど、この時の二人には知る由もなかった。


「いやー!ごっそさん!!メシうまかった~!!」

「ごっそーさん!」と男は両手を前に出して大仰な動作で打ちあわせた。

あれから屋敷へ戻った宍戸は腹が減ったと呟いた男の為に家人に飯を用意させた。
主の命をうけて家人が飯を部屋に運びこんだ途端、飯の匂いに気付いたのか、男は勢いよく起き上がった。
そして宍戸の許しを得ると即座に飯に飛びつき、あっという間に平らげてしまった。

「いやー、マジマジ死ぬかと思ったし~。助けてくれてあんがとね~。」

さっきまで死人同然だったとは思えない。男の変貌っぷりに宍戸は苦笑した。

「どうやら元気出たようだな。」
「おかげでちょー元気もりもり~。」
「そいつぁ良かったな。…さて、そろそろお前の名前を聞かせて貰おうか。」

宍戸は男が回復したのをみると話を切り出した。
すると男は居ずまいを正し、寝ぼけ目を少しだけきりっとさせて宍戸を真正面から見据えた。

「俺の名前は慈郎っていいやす!しがない浪人だし~。」

そりゃあ浪人ならばしがないのは当然だろう。さきほどから言葉がどこかおかしいのが気になってはいたが、この際だ。聞き流すことにした。
おそらく普段からこの調子なのだろうから。
しかし、男が口にした「慈郎」というこの名前。これには聞き覚えがあった。
聞き流すわけにもいかなかった。

「慈郎って…まさか『寝斬りの慈郎』か?」
「あー、それそれー。なーんかそう呼ばれてるらしーんだよね~。値切るも何も、金ないから買い物なんてしねーんだけどな~。」
「いや、『ねぎり』ってのはそうじゃなくてな…。」

ここ最近、江戸の町周辺ではならず者ばかり相次いで何者かに切り殺される事態が続いていた。
目撃した者によるとその者は寝ながらにして人を斬るのだという。
にわかには信じられないがこの為に『寝斬りの男』と言われ、その男が慈郎と名乗っていた事が後の証言で明らかになった為『寝斬りの慈郎』と呼び名がつけられた。
いまや同心達が血眼になって探し回っているお尋ねもの、それが宍戸の目の前に座っている男である。

「おいおい…。拾った奴が人殺しとか…勘弁しろよ。」
「亮様。コイツを奉行所につきだしましょう!!」

長太郎が慈郎を指差しながら言うと彼は目に見えて慌てはじめた。

「ちょ、奉行所とかちょっと待ってくれよ。俺悪いことしてないしー。斬ったのはアイツらが俺を斬ろうとしてきたからだし!」
「何が悪いことしてないしーだ、この人殺し!」
「だって斬らないとこっちが斬られるじゃん。だから仕方なかっただけだし。俺から殺そうとしたわけじゃねーもん。」

あっけらかんと言ってのけるこの男に罪の意識はまるでないようだ。
要するに殺されそうだったから殺した、だから自分は悪くないと、こういうことか…。
確かに正当防衛なのだろうが理由はどうあれ人殺しには違いない。

さて、この男をどうするべきか。

宍戸は暫く考えた後、これからどうするつもりなのかと尋ねた。
すると、慈郎はよくぞきいてくれましたと言わんばかりに顔を輝かせて、身をのりだした。

「実は俺、寝床なくて困ってんだ。おめー、俺を用心棒に雇ってくんない?メシと寝床くれたらそれでいいし~。」
「用心棒?」
「そうそう!俺強いし。」

自分を指察して得意満面に笑う。その言葉をきいた長太郎は眉間の皺をいっそう深くして彼を睨みつけた。

「おい、さっきから聞いてればその言葉遣いは何だ!無礼者!」
「無礼者?俺なんかした?」
「亮様に向かっておめーだのなんだのと…!いいか?この方は本来お前のような浪人ごときが口をきけるお方じゃないんだぞ!!」
「…ふーん。おめー、そんなに偉い奴なの?」
「貴様っ!」

憤る長太郎を片手で制して宍戸は愉快そうに笑った。

「まあ、この辺りで宍戸と言えば知らない奴はいないぐらいには偉いかな?」

宍戸の言葉に慈郎はうんうんと頷く。

「じゃあ尚更だ。お偉いさんなら命の危険もあったりするんじゃねーの?俺を雇ってくれたら全力で守るしー。」
「必要ない。亮様のお側には俺がいるからな。」
「おめー、人斬ったことあんのかよ?」
「っ!それはっ…。」

確かに長太郎は剣の腕は立つ。
幼少の頃より宍戸を守るべく彼に仕え、剣の腕を磨いて来たからだ。
しかしその剣で人を斬ったことは未だない。
それでもいざという時、主人を守る為に人を斬る覚悟はしている。

とは言えど、覚悟と行動は別物だ。
いくら思っていても実際に行動に移せるかというと、だいたいは思う様にいかないもの。

さきほどの慈郎の問いに対しての長太郎の回答は「いいえ」となる。
だが「斬ることはできる」と、いざと言う時は行動できるのだと即座に示すべきであったのに彼にはそれができなかった。
主人を守る覚悟はしているものの、元来温和な性格の彼は心のどこかで「人を斬ることは出来ないかもしれない」とも思っていた。
慈郎はそれを見越した上で問うたのだ。「自分が必要だろう?」と。

宍戸は二人のやりとりを眺めていたが長太郎が何も答えられないのを見るや、自分の両膝をパシンと叩き、「わかった」と言った。
その行動で二人は彼に注目する。

「慈郎。お前はメシと寝床が欲しいと、そう言ったな?」
「うんうん。それさえくれれば金はいらねー。」

「俺を全力で守ると、そうも言ったな?」
「うんうん。一飯の恩、って奴だしー。」

ようし!っと再び膝を叩くと宍戸は扇子をもった腕を勢いよくジローへ向けた。

「ようし決まりだ!お前を雇ってやる。
今からお前は俺の用心棒だ。しっかり働きな!」

呼応するようにジローも二ッ、と満面の笑みを浮かべた。

「まかせてくだせぇ、旦那!」

▲モドル