EP 1 移動

家の前に止められた大きな観光用のバスに乗り込むと車内からひときわ大きな声が上がった。

「おー!長太郎!!こっちだ!」

声に引かれてそちらを見ればバスの丁度真ん中に位置する座席で宍戸が腕を思いっきり伸ばして手を振っている。
通路側に座る宍戸の隣には赤髪おかっぱが特徴の先輩--向日が座ってやはり鳳に手を振っていた。
鳳は知り合いが居た事に安堵して素直に先輩達の元へ向かう。

席に着くまで待つつもりはないのか、鳳が乗り込んだ途端にバスは発車した。
だからバスの揺れで倒れないようにバランスをとりつつ先輩の元へ歩く。
なんとかたどり着いた彼は座席の手すりを掴みながら先輩達に笑顔を向けた。

「おはようございます。宍戸さん、向日さん。」
「おーっす。」
「おう、長太郎!お前4番目だぜ。」
「4番目…?」
「俺達正レギュはお前で4番目って事。」

確かにバスに乗った時にチラホラとチームメイトの姿も見えた。
氷帝以外の制服も色々と見受けられる。
王様は『全国の』と言っていたから、察するにこのバスは学校ごとではなく地域毎に生徒を拾っているのだろう。
近隣には氷帝以外にも学校はある。むしろ金持ち校として有名な氷帝へ通う生徒のほうが少ないようで、車内は自分と同じブレザーよりも学ランやセーラー服のほうが多くいることに気付いた。

しかし4番目とは…目の前には宍戸と向日しかおらず、周りを見渡しても正レギュラーの顔はない。
そこで再度宍戸に向きあった時、向日の後ろの座席に金髪の男子が身体を抱え込むようにして縮こまっているのが見えた。

「ああ、ジローさん居たんですね。…ていうかジローさんが着てるのって…。」

鳳の呟きにいち早く反応したのは向日。

「コイツ軍人が迎えに来たときもまだ寝てたんだぜ。だから俺がコイツの部屋いって制服引っ掴んで引きずり下ろしてきた。」

そういう向日の膝の上には恐らくジローのものなのだろう、制服のズボンとYシャツがあった。
現在のジローの格好は上が青色チェックのパジャマ、下は何故かトランクスだ。
まだまだ寝足りないというように座席に座ってすよすよと気持ち良さそうに寝ていた。

「長太郎、お前の席ジローの隣な。」
「はい。」

宍戸に促されてようやく着席する。座る際に自分のジャケットを脱いでジローにかけてやった。
そこで乗車時から疑問に思っていた事を口に出してみた。

「あの…跡部さんや他の皆は…?」
「知らね。そのうち拾うんじゃね?」
「今走ってんの侑士ん家の方角だぜ。もしかしたら侑士ん家向かってんのかも…。」

その5分後、向日の予想通り、バスは忍足を拾って再び走り出した。
忍足は宍戸の通路を挟んで隣になる座席に腰掛けた。

「なんや跡部おらんのかい。」
「…跡部ん家って確かあっちの方向だよな。」

向日が窓に向かって指を指した。窓の外を見ろというわけではなくそれが単に方角を指しているのだということはわかった。窓のある方向は西、バスは南へ向かって走行している。

気付けば住宅街も出ていてこのまま進めばやがて国道へ出る。
途中に曲がり角なんてものもなく、今から跡部の家のほうへ行こうと思えばUターンするしかないのだが、バスは迷わず直進している。
ここから導きだされる結論は…。

「跡部って別のバスか?」
「かもなあ。同じバスならもう乗っとらんとおかしいやろ。」
「現地できちんと合流できるといいんですけど…。」

先輩達の会話を黙って聞いていた鳳が心配げに口を挟んだ。それに対して前の席から「だいじょうぶだって」とか「テニス部は集められてんだから皆いるって」とか「つーかどこいくんだろうなこのバス」なんて聞こえて来てそこからはここに居ない仲間のことよりこれから自分たちが向かう場所について話題はシフトした。

バスが高速に入ると向日が「随分遠くにいくんだなー」と窓に貼り付いて外を凝視していた。
宍戸はミントガムを噛んで忍足は携帯をいじっている。

鳳は忍足に目を留めて気付いた。

そういえば自分は携帯を持っていない。玄関に立ったあの時点では携帯はまだ自分の机の上にあって、そのまま家から出されたから持ち出せなかった。
そんな事を今頃になって気付くと途端に言いしれぬ不安が胸中に渦巻いた。

「忍足ケータイ持ってたのか!なあ、跡部にかけてみろよ。」
「それがなあ…圏外やねん。」
「まじかよ!使えね~。」

忍足が苦笑しつつ携帯を閉じると先輩達は今度は3人で仲良く雑談を始めた。
遠足気分で盛り上がっている先輩と隣で眠り込んでる先輩を見て鳳は密かに不安を感じたまま座っていた。
決して携帯を持っていないだけではない。バスの目的地も自分が行うリアル鬼ごっこというものも何もわからない。
外部との連絡がとれない状態で自分の置かれている状況もわからない状態というのが怖かったのだ。
自分のこの気持ちが杞憂に終われば良いと鳳は密かに祈っていた。

何も知らない彼らを乗せてバスはただ目的地を目指し走り続ける。