日吉の休日

10:50 AM

4人は目的のモールの入り口にいた。

「着いた着いた!楽しみだC~!!」
「だな!早く食いたいぜい!」
「ガキみたいにはしゃぐな!!」
「跡部さん、これからどうするんですか?」
「そうだな。とりあえず俺は視察に回らないといけねえ。てめえらは(ジローと丸井をみる)スイーツ店にいくんだったな。」
「そうそう!」
「俺が視察を終えるのはおそらく2時間後という所だろう。…ここで別れて1時に6Fのレストランフロアに集合だ。」
「なーるほど!合流してメシってことか!わかったC~!!」
「あの…スイーツ食べてご飯も食べるんですか?」
「当然だろい。メシとスイーツは別腹だぜい。」
「(この人なんで太らないんだろう…?)」
「若、お前はどうする?」
「そうですね、跡部さんの視察についていっても仕方ないし…俺は一人でそのへんをまわってます。」
「なんだ?来たかったらついて来てもいいんだぜ?」
「一応遠慮して言わなかったんですが"行きたくない"とはっきり言うべきでしたか?」
「ったく素直じゃねえな。…まあいい、解散だ!」

跡部は高らかに宣言するとパチンと指を鳴らした。
ジローと丸井はエスカレーターに向かって駆け出した。
跡部は2人を叱りつけたのち近くにいた店員を呼びつけ共に歩いていった。

「…どこまでも大げさなやっちゃな。」
「危ねっ!つい氷帝コールやりそうになったぜ」
「身体に染み付いた癖ってのは恐ろしいわ…」
「ところでさ、俺達はどうする?」
「せやな…尾行しようにもこっちは2人。三方に別れられたら全員は追えんし…。」
「つーかジローはスイーツ行くんだろ?追ってもつまんねーと思うけど。」
「跡部は視察に廻るって言うてたし追いかけてもなあ…。」
「となると。」
「残りは。」

2人は案内板を眺めている日吉をターゲットに定めた。

日吉は案内板で店の種類と位置を確認し、とりあえず服・文具・本・食品の店を廻ってみることにした。
現在地は1階。紳士服は3階、本と文具は5階、食品は地下1階および2階。そして集合場所は6階。
ここは下から順に廻るほうが良いだろうと、日吉は地下行きのエスカレーターに乗る。
どのみち跡部達と行動しているので生ものは買えない。行動の邪魔なのでかさばるものも買えないとなればどこから廻ろうとも同じ、という判断である。
日吉が移動したのを見て忍足・宍戸もこっそりと後ろをついていった。

11:40 AM

結局食品フロアではめぼしいものは見つからず、今は3階の紳士服売り場をぷらぷらと歩いていた。
めぼしいものはないと言っても購入しなかっただけの話であり、実のところ地下1階の土産やギフトを中心とした食品コーナーでは惹かれる食品が多くて30分近くも歩きまわった。
地下2階ではおやつの為に栄養補給用の軽食を買おうと思っていたが大人数で行動しているのに自分だけおやつを食べるのは気が引けるのでこちらでも何も買わずに上へ向かった。
そして現在に至る。

紳士服売り場に来たは良いが特に買いたいものはなかった。
せっかく服売り場があるのだから見るだけみておこうと思っただけだ。
こういう機会でもなければあまり服を買ったりはしないのだから。

日吉は適当に目についた店に入ってみた。
カジュアルな服を主に販売している店のようだ。

「日吉こういう服が好みなんかな。」
「どうだろ…。とりあえず入ってみただけなんじゃね?アイツあんましファッションに興味ありそうには見えねーし…。」

日吉をつけていた2人もこっそりと店に近寄る。
店というよりは売り場と言うほうが正しいかもしれない。
壁で区切られたスペースのひとつひとつを店としてあてているだけで入り口に扉はないし店内の様子もよく見えた。

「ジャケットを見てるな。…なんだ買わないのか。」
「こんどはボトムスやな。…って試着くらいせんかい!」
「入って5分も経ってないよな?もう出てきちまったよ。」
「ホンマにさら~っと眺めただけやったな…。おもんないわ。」

日吉はまた別の店に入ったが、やはり最初の店同様5分ほどで出てきた。

「もっとよう商品見んかい。店員泣くで。」
「まあ、店はたくさんあるしな。…って、アレ?」

日吉が急に立ち止まった。このまま歩いては見つかってしまうので慌てて忍足と宍戸も隠れる。
日吉の視線の先には通路ギリギリに置かれた台があり、その台の上には1枚980円のTシャツが数種類平積みされていた。
日吉は台の上にあるTシャツを物色しはじめた。

「Tシャツか。俺も欲しいぜ。」
「お前はぎょうさん持っとるやろ」
「Tシャツは何枚あっても良いモンなんだよ。部活でも使うしな。」
「デザインTを部活で着るんかいな…。」
「例え話だよ。流石にアレは学校で着ねーよ。」

そう。台の上に並べられたTシャツは色々な柄がプリントされたいわゆるデザインTシャツというものだった。
チェーンやスカル柄といったギラギラしたデザインが多く、学校で着るにはあまりに派手なものだった。
日吉はその中から割とシックなデザインのものを数枚選ぶとそれを購入した。
もう用は無いとばかりにさっさと上りエスカレーターに乗り上階を目指す。

「なあ忍足、俺もTシャツ見てっていい?」
「しゃーないなあ。ほな俺は先行っとるわ。」

忍足は宍戸を残し単身、日吉を追いかけた。

12:00 PM

5階についた日吉はエスカレーターの傍にある案内板を眺めた。
そこに描かれた地図によるとどうやら本屋のほうが近いようだ。
先に書店へ向かうことにした。

すると前方に見慣れた長身が見えた。
数メートル離れているがわかる。雰囲気でわかる。何より銀髪は珍しくそうそう何人もいるものではない。

……見なかったことにしよう。

これ以上知り合いに会いたくないという日吉の願いは叶わず、日吉がUターンするより早く彼が日吉の存在に気付いた。

「あ!日吉じゃないか!」

嬉しそうに駆け寄ってくる彼を眺めて日吉は今日何度ついたとも知れぬため息を吐いた。

「……鳳、お前なんでこんな所にいるんだ…。」
「本を読みたくなって。」
「…お前の肩に背負っているものは俺の見間違いでなければラケットバッグだと思うんだが。な・ん・で、ここにいるんだ?」

鳳は部活休みにもかかわらず肩に大きなラケットバッグを担いでおり、服装はTシャツにハーフパンツという出で立ちだった。
誰がどうみてもテニスをする格好なのに何故わざわざショッピングモールにいるのか。
暗にその疑問を投げかけたのだが鳳には正しく伝わったようだった。

「ああ。宍戸さんとテニスの約束してるんだけど約束までまだまだ時間あるからここで暇つぶし。」
「お前は休みの日も宍戸さんと一緒なんだな。」
「ダブルスだからね。常に練習しないと。それより日吉こそどうしたの?」

当然の疑問なのだが日吉は答えに詰まった。
スポーツ店へ行くと言えば先ほどの自分のように何故こんな所にいるのかという疑問を投げかけられるだろう。
跡部に出会った為にここにいるとは言いにくかった。
しかたなく鳳の答えをそのまま借りることにした。

「俺も本を買おうと思って…。」
「ふ~ん。…あ!そういえばね、さっき跡部さんを見たよ!なんかお店の人と話してて話しかけられる雰囲気じゃなかったんだけど…。珍しいよね、跡部さんがこんなところに居るなんて。」

日吉は頭を鈍器で打たれたような衝撃を受けた。既に目撃済みだったとは…。

「せっかくだから跡部さんもテニスに誘おうと思ってるんだけど。そうだ、日吉も一緒にやらない?」

これでは鳳が跡部を探し出すのは時間の問題だ。彼と会われては自分がここに居る理由も全てバレてしまう。
日吉は観念して事情を話すことにした。

「…跡部さんが居るのは店の視察の為だ。」
「そうなんだ。何で知ってるの?」
「その視察に付き合わされてる。1時に合流する予定だ。」
「1時か・・じゃあ無理だな・・・・宍戸さんとの約束が1時だし。」
「今こんなところに居ても大丈夫なのか?」
「ああ、それは大丈夫。すぐ近くなんだ。思ったより早く来ちゃってどうやって暇をつぶそうか困っていたくらいで…。そうだ!暇だから時間まで一緒にいさせてよ!ね!」
「なんでそうなるんだよ。」
「いいじゃん。ここで会ったのも何かの縁ってね。」
「そんな縁なら今すぐに切りたい。」
「なんでそんなつれないこと言うのさ…。」

日吉に冷たく扱われがっくりと肩を落とす鳳と彼を死んだ魚のような目で眺める日吉。
そんな2人を見る事の出来る絶好の位置を確保した忍足は、さきほどの鳳の発言にぶつぶつ文句を言っていた。

「なんや鳳の奴、俺も約束しとったやろ。俺の名前省くとはどーゆー了見やねん!お前の頭ん中は宍戸しかないんか!お前の世界の中心は宍戸か!むしろお前の世界には宍戸しかおらんのか!!!!
…まあ、そんな事はええわ。鳳もきたってことは後は岳人と樺地がおったらカンペキやんな…。」

「俺がどうかしたのか?」

背後から突然に声をかけられたその声にそろりと振り返れると岳人が腰に手をあてて立っていた。
漫画のような展開に忍足は両手でガッツポーズを決めた。

「よっしゃ、リーチやでえ!!」
「は!?何だよ!何なんだよ!!」
「気にせんとって。こっちの話。」
「? …で?お前マジで何してんの??」
「はっ!せや!がっくん、ちょお隠れて!!」

言うやいなや忍足は岳人の腕を想いっきりひっぱって自分の後ろに隠れさせた。

「痛って!何すんだよ!」
「しーーーっ。あんま騒ぐと見つかってまうやろ。」
「見つかるって誰に?」
「ん。」

忍足はくいくいと親指で先ほど自分が見ていた方向を示す。
岳人が指の先を追うとその先には彼も見知った後輩たちが並んでいた。

「日吉と鳳じゃん。おーいひよっ…むぐ」
「やから見つかるゆーとるやろ!!ちょお黙っとって!!」
「んー!んー!んーーーーーーーーっ!!」
「痛ッ!」

口を塞がれた岳人は忍足の指を思いっきり噛んだ。
一瞬で激痛が走り、反射的に手を離してしまう。
忍足は慌てて噛まれた部位を確認したがどうやら指のダメージは歯形だけのようだ。
噛み切られそうなほど強く噛まれたのに血が出なかったのは幸いだった。
忍足から解放された岳人は、先ほど「静かに」と言われた事を思い出して不本意ながらも声は潜めて抗議する。

「何すんだよあほゆーし!」
「…あんな、簡単に言うと日吉を尾行しとんねん。」
「尾行?なんでそんなことしてんだよ?」
「実はな…。」

忍足はこれまでのいきさつを岳人に説明した。
始めは不機嫌顔で説明をきいていた岳人だったが次第にいたずらを仕掛ける子供のような楽しげな顔になっていった。

「そういう事なら早く言えよ♪俺も尾行に付き合うぜ。」
「はは…がっくんなら乗ってくると思うとったわ。」

そこへTシャツを買い終えた宍戸が合流した。