気になるコが出来ました!

やはり午後の授業はいまいち身が入らなかった。
何故自分がこんな目に・・と気落ちしつつ帰り支度をしていると目の前に悩みの種が現れた。
悩みの種・・・千石は南とは対照的にとても晴れやかな顔で話しかけてきた。

「南♪この後予定あるかな?」

少し前なら放課後はそのまま部活だ。だが夏の大会で自分たち3年は引退し、今ではテニス部は2年生主体で動いている。
引退したばかりなのでゆっくりしようと考えていた南は放課後のあまった時間をしばらく満喫することにしていた。
よって決まった予定というものは特にない。
その上昼休みの衝撃が尾を引いていたおかげで南は素直に否定してしまっていた。

その様子をみた千石はにんまりと笑った。

「それじゃあ行こうか。氷帝学園!」

かくして南は半ば千石に引きずられる形で氷帝学園へ向かうことになった。

氷帝へ着くと早速テニスコートを探し歩き始めた。

「おい、千石。氷帝も3年は引退したんじゃないのか?」
「そうだとしてもさ、テニス部のほうが跡部くんと繋がりは深いでしょ?
どーせ探すならとりあえずはテニス部に行ってみるのもいいと思わない?」

確かに。だだっ広い氷帝学園の敷地を隅から隅まで歩き回るのは骨だ。
もしかしたら跡部がコートにいる確率もゼロではない。
たとえいなかったとしても跡部の動向を知っている奴がいるかもしれない。
少しでも手がかりがありそうな所から見て回るのが良いだろう。

意外にもすぐにテニスコートは見つけられた。コートでは多数の生徒が動き回っている。

「はー、すごいねー。何人居るのかね?コレ」

しばらく見ているとコートで打っていた一人が千石達を見つけて駆け寄ってきた。
赤い髪、おかっぱ頭が特徴の小柄な男子。向日岳人だ。
「はて、彼は3年ではなかったか」と首をかしげていると向日は千石の前に立ち口を開いた。

「なんだよてめえら、偵察か?」
「偵察?」

言われてコートをじろりと眺めると向日以外にも3年レギュラー陣の顔が見えた。
肝心の跡部はいないものの、他レギュラー陣は揃っているように見える。

なるほど氷帝は美形揃いだな・・・さすが跡部くんの学校だ。
場違いなことを思いながら口の端をつりあげてにやりと笑いながら答えた。

「偵察、ねえ………まあ、そんなトコ…かな?」
「?」

どうにも煮え切らない返事をする千石に向日は思いっきり不審な顔を向けた。
そんな3人の元へ跡部と樺地を除くレギュラー陣と滝が集まってきた。

「ゆーし、あいつなんかキモイ…。」
「せやな、見るからに妖しいわ…。」
「うーわ、ヒドイなー…キヨショック…。」

「…で?アンタ何の用なんだよ?その制服、山吹だろ?偵察??」
「だから偵察っちゃー偵察だしー?違うっちゃー違うしー?」

このまま千石に任せていてはいつまでたっても話が進展しない。たまらず南は口を挟んだ。

「違うだろ。…俺達は跡部に用があってきたんだ。」
「「「はぁ?跡部ぇ??」」」

山吹の生徒が跡部に何の用だろうか。
先ほどまでの険悪なムードはどこへやら、宍戸達はすっかり興味津々といった様子で次々と質問をしはじめた。

「跡部に何の用なんだよ?お前、跡部と知り合いなの?」
「はー、跡部に山吹の知り合いがおるとは知らんかったわー」
「跡部くんとはね、去年のジュニア合宿で遭ってるんだよ。オレも参加してたし」
「あー!思い出した!アレだろ、あんたラッキー千石だろ!」
「おっ、知っててくれたの?ラッキー」

「この騒ぎは何だ?」

噂をすれば、目的の人物がラケットを持った大男-- 樺地を連れてコートに現れた。

「ん?てめえは…千石じゃねえか。何しにきたんだ?あーん?」
「おー!跡部くん覚えててくれたんだー!!嬉しいなあ♪」
「チッ、てめえほどウゼエと嫌でも覚える…。それより何でここにいる?」
「跡部君にちょっと用があって。」
「だったら早く用件を言え!俺様は忙しい」
「そいじゃお言葉に甘えて…今、付き合ってる子はいるかな?」

千石以外の全員の時が止まった。

「…オイ、俺様は忙しいと言ったハズだぜ?くだらねえ冗談に付き合う暇はねえ。」

なんとか持ち直した跡部は千石を睨みつつ周りのものが凍りそうなほど冷ややかな声でそう言った。
その跡部の形相の凄まじさたるや。向日と宍戸と日吉はひくついているし鳳と南に至っては半泣き状態だ。

跡部の機嫌が急降下したことがコート全体に伝わったようで、いつのまにかボールを打つ音も止まり部員達が遠巻きに様子を窺っている。

「いやいやマジだって。俺的にけっこー真剣にきいてんだけど?」
「…てめえに教える義理はねえ。話は終わりか?とっとと帰れ。」
「いやいやいやいや!待って待って!!こっから、こっからが大事ですからああっ!!!」
「あーん?だったらとっとと本題を言え!次にまた冗談言いやがったらつまみ出すからな。」

「うん、あのねー…俺さ、跡部くんの事好きなんだ。俺と付き合ってくれない?」
「樺地、コイツをつまみ出せ!」
「えっ、待ってよ!冗談じゃないよ!俺本気だから!!!本気で好きなんだってばっ!!!!わっ何すんの!離してよ!まだ話は終わってないよー!!!!」

樺地に抱えられた千石は喚きつつ手足をばたばたさせて暴れたが、樺地は一向にかまわず校門へ向かい歩き始める。
これには千石も焦った。

跡部は千石の告白を冗談だと思っている。そして今のは冗談にしてはタチが悪い。
恐らく今後、千石は氷帝の敷地へ入る事すら叶わないかもしれない。
告白はしてしまった以上、何が何でもいま決着を付ける必要があった。

「待ってくれ!」

その時だった。コートにひときわ大きな声が響いた。
制止をかけたのは千石ではない。
千石の退場を見送っていた氷帝部員でもない。
全員の視線が発言者に向く。視線の先にいたのは…南であった。

大勢に注目された南は恥ずかしそうに頭をかきつつも跡部を見て話しだした。

「あのさ、ほんと冗談にしか聴こえないかもしれないけど…あり得ねえって思うかもしんないけど。…でも、コイツはマジなんだよ!!頼むから、1度でいいからさ、コイツの話を最後まで聞いてやってくれ!この通りだ!」

南はそれだけ言うと頭を下げた。
正直言うと千石がどこまで本気なのかは南にもよくわからなかった。
何せ彼も昼間きいたばかりの話で、その時の印象ではそれほど本気だとは思えなかったからだ。
しかし南は千石とはそれなりに付き合いが長い。
今の彼が必死で向き合おうとしていることもわかってしまったし、わかったからには応援してあげたいと思うのだ。
その結果、彼に同性の恋人が出来る事になっても。

跡部は頭を下げたまま動かない南をしばらく眺めていたが、片手をあげて樺地を呼び戻した。

「…ふん、そこまで言うならきいてやってもいい。……どっちにしろこのまま追い返したところで練習にはならなそうだしな。」

ひとまず話を聞く姿勢をとってくれた事に、千石の表情がパッと輝いた。

「ありがとう、跡部くん!……えーと、まずは下ろしてくれると嬉しいんだけど。」
「必要ない。またくだらねえ事いったら今度こそ放り投げるまでだ。樺地、しっかり抱えとけ。」
「ウス。」
「うーん、樺地くんに抱えられたままじゃあ締まらないけど…仕方ないか。せっかく南がくれたチャンスだしね。樺地くん、俺を跡部くんのほうへ向けてくれるかな?」
「ウス。」

樺地がくるりと身体を反転させると千石の顔が跡部のほうへ向く形となる。
樺地の右肩に荷物のように抱えられた千石の先には、腕を組んで仁王立ちしている跡部。
先ほどの話の続きという事は告白の続きという事になるが…。
告白するにはどうにもマヌケな千石の格好に、氷帝レギュラーの面々はこぼれそうになる笑いを必死でこらえていた。

「コホン…えー、では改めて…。
俺は跡部くんの事が好きです。良かったら俺とお付き合いしてくださいっ!」

「断る。」

ぶはっ

予想していたとはいえ綺麗な即答に笑いをこらえきれなかった数人が吹き出す。
人が一生懸命告白しているのに笑うなんてとんでもなく失礼なことなのだが。
かなしいかな千石の格好がとても告白するような状態ではないだけにただただ笑える場面にしかなっていないようだ。

そんな外野には目もくれず、千石は跡部に食い下がった。

「…どうしてもダメデスカ?」
「当たり前だ。」
「じゃあさ、今後、発展する可能性は「皆無だな。」」

跡部は千石の告白をことごとく否定した。
跡部が本当には話をきくつもりはない事が彼の全身からありありと出ていて、端から見ていたレギュラー達が千石へ若干同情するレベルに、それはもう、すっぱりと。

「…お友達からでいいので仲良くしてくれませんか?」

ボロボロに打ちのめされた千石がそれでもやっと絞り出した言葉に跡部の顔が歪んだ。

「チッ...俺もテメーも男だろうが。俺がテメーと付き合う可能性は万に一つもねぇよ!それに何だ?友達だぁ?俺と友達になりたいんならまずその浮ついた考えを捨ててテニスの腕を磨いてから出直しな!」

「おい跡部。それはあんまりやろ。…堪忍な?」

みかねた忍足が跡部を諌め、千石に詫びを入れる。
自他ともにラブロマンス好きを認める彼は、内心では千石を応援していた。
跡部の態度からして予測していた結果とはいえど、庇わずにはいられなかったのだ。

「もういい、樺地!ソイツを捨ててこい!!!」

跡部の怒号が響き、樺地が歩き出す。今度は誰も止めなかった。
南は彼らに一礼すると、樺地に担がれて行く千石を追いかけて氷帝を後にした。

氷帝からの帰り道、人気のない歩道を2人無言で歩いていた。

「あー…その……「なあ、南。」」

何かしら話さなければと声をかけた南の言葉を遮って千石が話しだした。

「跡部くんはああ言ってたけどさ、俺はまったく脈がないわけでもないと思うんだよ。」
「は?」

つい先ほどボロボロに打ちのめされたばかりだというのに。
誰が見ても脈がないのは明らかなのに、コイツは何を言っているのか。

「だって跡部くん言ってたじゃないか。『出直してこい』ってさ。出直すって事はまた跡部くんに会いに行ってもいいってことだよな。」

彼の言葉を正確に言うと『その浮ついた考えを捨ててテニスの腕を磨いてから出直しな』
それはつまり自分への想いがなければ普通にテニスの相手くらいはしてもいい…という意味ではないのだろうか?
『俺と友達になりたいんなら』と言ってたし…。

だが千石は自分に良いように解釈して嬉しそうにしているので、南は今考えたことをそっと心にしまい込んだ。

それにしてもあそこまでボロクソに言われてへこむどころかポジティブシンキングな千石には素直に関心した。
自分が彼の立場だったらショックで立ち直れない、と南は思う。
千石はさほどショックを受けていなさそうでホッとした。これならばフォローの必要もなさそうだ。
自分の役目は終わりだと、南はその日1日に起こった出来事から解放された事に安堵していた。次の一言を聞くまでは。

「さて、どうやって跡部くんをオトそうか。…あ、南も手伝ってね♪」

どうやら南の苦悩はまだまだ続くようである。

*おまけ

千石が帰った後の氷帝では先ほどの告白劇にコート中が騒然としていた。

滝「ナマ告白みちゃったよー。いやー、青春だねえ。」
宍戸「でもあの振り方はねーよな。さすがに…。」
ジロー「あれはちょっと可哀想だったね。あーあ、泣いちゃってたらどうする?」
岳人「いやいや、アイツはタフだとみた。へこむどころか次の恋でも探してんじゃね?」
忍足「もしかしたらまだ跡部んこと諦めてへんかもな。」
ジロー「懲りずにデートのお誘いに来ちゃったり?」
宍戸「そこから関係が発展して?」
滝「お付き合いしちゃったり?」
「「「「ヒュゥ~♪」」」」

跡部「…てめえら何好き勝手言ってんだ。今後、二度とこの話をするんじゃねえ。少しでも話した奴は筋トレ50セットずつ追加だ!」
「「「「「横暴だー」」」」」
跡部「うるせえ!ぐだぐだ言ってねーでとっとと散れ!!!」

『人の口に戸は立てられない』という諺があるように、翌朝にはこの告白劇は学校中の噂となり跡部を悩ませるのであった。