気になるコが出来ました!
「南ー。俺ちょーっと気になる子、出来ちゃったんだよねー。」
「またか。」
校舎の屋上でのんびりとコーヒーを飲んでいた千石がこれまたのんびりとした口調で話しだした。
いつもの事なので南は軽く流してご飯をかきこむ。
「今度はどんな女だ?」
「女じゃないよ?男。」
……ん?
聞き間違いだろうか?非常にあり得ない言葉が聴こえて思わず箸を持つ手が止まった。
「だからさぁ~、女じゃなくて男なんだよね~。オ・ト・コ。」
「…それは新しい冗談か?」
「そう思う?」
「そうだと思いたいな。」
「それは残念でしたっ☆」
「残念でしたっ☆」じゃねえよ!!
南は頭を抱えてため息をついた。
本当なら今すぐ知らんぷりしてこの場を離れてしまいたかったが残念ながらそんな事が出来るほど薄情な性格ではなくて、むしろチームメイトからはお人好しとからかわれているほどだ。
千石もそんな南の性格を知っているからこそ彼に話したのだろう。
確かに室町あたりに話した日にゃあまったく相手にしてもらえなさそうだ。
彼は千石を先輩として尊敬してはいるが、ナンパ癖だけは認められないようで恋愛相談には驚くほど非情になる。
他のチームメイトも室町ほどではないものの、やはり関わりたくはないようで。
千石の恋愛話がはじまるとそそくさと逃げ出すのが常だった。
そういう背景があるから今ここで自分が逃げたらコイツの矛先は1年の壇に向かう事は用意に想像がつく。
お人好し第2号の彼はきっと熱心に相談に乗るに決まっている。
可愛い後輩にそんな苦労はさせたくない。
やはり自分がきくしかない、と再確認した所で南は続きを促した
「それで?男ってどんな奴?山吹?」
「お!聞いてくれんの?」
「お前が話し出したんだろうが…。」
「そうだけどさ。今回ばかりは逃げられるかと思ってたから、ラッキー♪」
「…何でもいいけど早くしないと昼休み終わるぞ?」
そう、只今お昼時真っ最中。
午前の授業が終わり教室で弁当を食べようとしたところへ千石がやってきた。
「人の多い場所では話せない相談がある」と。言われるがままずるずると引っ張られ連れて来られた屋上。
周りにはちらほらと人がいるものの、それぞれ一定の距離を保ち思い思いに過ごしているのでよほど大きな声で話さなければ聞こえはしないだろう。
「えーっとね、その人ってのが、まあ、他校なんだけどさ~…。」
珍しく千石が言い淀んでいる。頬をかきながら目線は明後日の方向を向いている。
よほど言いにくい相手なのだろうか、それとも気になる相手が男ということに自分でも戸惑っているのか。
「南も知ってる人なんだよねー。」
他校生で南も知ってる相手?…となれば自ずと限られてくる。
他校に知り合いが居ない訳ではないが千石と南の共通の知り合いともなれば2人の共通の部活--テニス関係くらいしか考えられない。
テニスで他校と関わるというと大会などで顔を合わせる相手。つまりテニスの対戦相手だ。
とりあえず最近対戦した相手の学校名を適当に挙げてみた。
「青学か?」
「んー、青学じゃないんだよねー。」
「不動峰?」
「違うよ。まあ、東京の学校には違いないけどね。」
「…おい。お前は俺に話したいのか?話したくないのかどっちだ?」
テニスをやっている学校など東京だけでもいくらでもある。こんな問答をしていては話をきけないまま昼休みが終わってしまうだろう。
「わー、ごめんごめん。…えーっとね、氷帝だよ。」
「氷帝?」
思いもよらない名前が出た。
氷帝学園はテニスの名門校として有名な学校であり東京のテニス部でこの名を知らない者はいない。
テニスでも有名だがそれ以上に、派手なパフォーマンスと負けず劣らず派手な部長が有名な学校だった。
だが今年は対戦していないし正直接点はないと思っていたのだ。
南は氷帝のレギュラー陣の顔を思い浮かべ、おかっぱの小柄で可愛いらしい子に検討をつけた。
「向日?」
「んーん、跡部くん。」
即刻否定された。それと同時に千石の口から出た言葉は件の有名な派手部長……。
「あっ…跡部ぇえええええええ!!!!?」
屋上に南の悲鳴が響き渡り周りの視線が一気に2人に集中した。
それに対し千石は笑顔で手を振って「何でもないよ~」とかわしている。
叫んでしまったことで視線が集中して気まずくなった南は、なるべく声を潜めて確認した。
「おまっ!跡部って……マジかよ?」
「マジマジ。いやー、この前の青学戦スゴかったよねー。」
腕を組みながらうんうんと首を振る千石にあっけにとられつつ、南はそのまま話の続きを待った。
「跡部くんってさー、美人だよねー。それに性格も気高いってゆうの?高貴っていうかさー。もうとにかくオーラが半端ないよね!」
「……。」
「笑い方も妖艶っていうかさ、もう何アレ!何なのあの色気!ホントに中学生!?」
何やら興奮して話す千石にさっぱりついていけない。正直話も右から左だ。
南は相談に乗ると決めた事を激しく後悔していたが後の祭り。
ヒートアップした千石の話は止まらない。
「……でさ、気付いたらキヨはすっかり虜になってました!」
はー、そうですか…。パチパチ…。
演説を終えた千石へ心の中で乾いた拍手を送った。
南のしらけた視線もなんのその。
千石は話し終えてすっかり満足げである。
途端にワッと歓声があがった。
はっとして見渡すといつのまにやら屋上に居た連中が2人を取り囲んでいる。
どうやら話をするうちに大声になっていたようだ。
周りもお年頃の中学生。聞こえてきた恋愛話に思わず食いついてしまったというところか。
ギャラリーが集まっていることに今の今まで気付かなかった自分が情けない。
ため息をつく南の心情など露知らず、ギャラリーは千石へ「がんばれよー」などと次々とエールを送っている。
「相手のコ美人さんなんだね。付き合ったら写真みせてよー」という声にどうやら跡部の事は知らないようなのでホッと胸を撫で下ろした。
まさか片思いの相手が男などと言えるわけもない。
テニス部がこの場にいないのは不幸中の幸いだった。
「みんなありがとー♪…でもさ、この事なるたけ内緒にしててね?ホラ、振られちゃうかもしれないからさ、あんま知られたくないんだよねー。」
千石は軽く口止めをすると「昼休み終わるから」と戻り支度をはじめた。
その行動に時間を思い出した周りの生徒も次々と戻っていく。
南は半分残してしまった弁当を片付けながらも、午後の授業は頭に入らなそうな気がして大きなため息をついたのであった。