宿題の内容は

部活も終了し小一時間経った頃。片付けを済ませ部室に入ると跡部が机に向かっていただけで他に人はいなかった。
全員帰ったようだ。跡部は部誌をつけたりして遅くまで残ることがあるから、彼一人だけが残る事はいたって普通の光景。
だから俺は跡部を気にすることもなく、ロッカーに向かい着替え始めた。

着替えが終わり「さあ帰ろう」と身体の向きを変えたとき、机の上にあるものが見えた。
跡部はいつものように部誌をつけていると思っていたので当然机の上にはノートが置かれていると思ったのだが、そこにあったのは1枚の紙切れだった。
俺はよく見ようと傍にいって肩越しに覗き込んだ。

「……作文用紙?」

俺の声で跡部が顔をあげて振り返った、が、「ああそうだ」とだけ言うとまた机に向かってしまった。
俺は跡部が向き合っているものに覚えがあり、興味がわいたので話をしやすいように跡部の机の横に身体をずらした。

「まだ終わってないなんてめずらしいじゃん。これ昨日の宿題だろ?」

大抵の宿題は出されたその日の休み時間に終わらせてしまうコイツが2日経った今でも終わってない宿題があるなど非常に珍しい事だ。
そういえば休み時間内に済ませるものは内容にもよるとか言ってたっけ。宿題は復習に使えるからとかなんとか……・でも作文で復習するもんなんてないだろ、と行き着いて俺は首をかしげた。

「ああ、将来の夢、の作文だ」

まったく中3にもなって子供じみた宿題だが、卒業を控えた年だからこそ書かせたいのかもしれない。小学生の頃と違って中3ともなると夢ってのはつまり進路に直結する。
だがそんな作文くらいでここまで眉間に皺を寄せて唸る跡部も珍しい。俺は何故書かないのか疑問を投げかけてみた。

「夢なんてものを持ったことがないからな。俺は実現させたいものは夢などという言葉で終わらせる気はない。自分で必ずつかみ取る。」
「へーへーさすが跡部様。……でもさあ、お前ならそれでもこんな作文くらい書けんじゃねーの?」
「確かにこんな宿題など嘘八百まくしたててその場を切り抜けるのは容易だ。……だが、果たしてそれでいいのかと思ってな……。」

「……俺、”将来の夢”なんて作文でそこまで真面目に悩む奴初めてみたわー」

普通は誰でも夢は持ってるから宿題で悩む場合は”何を書くか”じゃなくて”どんな風に書くか”
こういう作文を書けないのは単に文章力の問題、ってのが一般的。
なのにコイツは前者で悩んでるってワケだ。ありえねえ、まじありえねえ。

「でもさあ夢って叶えられるとは限らねーんだしさ、思うように書けばいいんじゃねーの?」
「だから思うことがないと……」
「じゃあ先生に『夢がなくて作文は書けませんでした』って謝るのか?激ダサだぜ?」
「……死んでもご免だ」

「つーかさ、なんで将来の夢で嘘つくのが嫌なんだよ?」

そう、嘘でもなんでもとりあえず書いて提出してしまえば済む話だ。『書いた夢は必ず叶えて報告しなければならない』というものでもない。この作文の使い道などあるとしてもせいぜいクラスの前で発表するぐらいなのだから。
書けるのならばとっとと書いてしまえばいいのに、何故そこまでためらうのか俺には理解できない。
俺の疑問に跡部はひとつため息をついて答えた。

「第一に夢を持っていると思われるのはプライドが許さねえ。例え嘘っぱちでもな。
 第二に夢というのはつまり実現させたい未来であり目標だ。自分の目標を夢などという生温い言葉に変換されるのは不愉快だ。」

……なんだそりゃ。意味がわからねえ。

つまりコイツは嘘をつきたくないとか、宿題は真面目に取り組まなきゃ、っていう気持ちじゃなくて自分のプライドと闘ってただけ……?
第二の理由って実はあまり関係ねーだろ。どうみても最初の理由が全てだろ。「夢を持っていると思われるのは嫌」ってつまりコレだろ。

……。

俺は一気に脱力した。真面目にコイツの話をきいた俺がバカだったんだ。
もう何時間でも何日でも作文用紙を睨んでろよ。そんで白紙で出して怒られろ。

「俺帰るわ。」

カバンをひっつかんで出口へ向かった。
跡部のほうも特に関心はないようで「ああ」と返事だけ寄越し相変わらず険しい顔で紙を睨んでいる。
俺はドアを開けたところで、出る前に一言いってやろうと後ろを振り返った。

「くそ真面目な跡部様に1つ教えてやる。このままいけば確実に先生に頭を下げるハメになるってことだ。」

さて、先生に頭を下げるほうをとるのか、プライドを捨てて有りもしない夢を書くのか。提出日が見物だと俺は若干はずんだ気分で部室を後にした。