夢鬼

ごちんっ

退屈な授業中の退屈な教師の声を遮って盛大に響いた音に教室中の誰もが音のほうへと目を向けた。
それは俺も例外ではなく。
音の出所はこのクラス、いや学校内では万年寝太郎で有名な俺の幼馴染み。芥川慈郎だった。
奴は机にデコをぶつけたままの姿勢でそれでも眠り続けていた。
周りの生徒も教師もジローの姿を確認すると「また芥川か」と、眠りこけたジローを起こすでもなく何事もなかったかのように授業を再開した。

教師としてそれはどうなんだとも思うが、教師も何も最初からこんな態度をとっていたわけではない。
始めは起こそうとした。でも一度寝たアイツは全然起きないんだ。起こすのに軽く2・30分はかかる。起きてもすぐ寝る。繰り返しだ。
やっとの事で起こしてもぼーっとして授業をまったく聞いていない。成績も良くない。
起きてても寝てても変わらないジローの為に授業時間を使うくらいなら他の生徒の為に使おうと考えたようで、やがて寝ているジローを起こそうとする教師は居なくなった。

そういうわけで今日もいつも通り放置だ。そう、いつも通り・・・。

ただ俺は、デコをぶつけた姿勢のままピクリともしないジローの事が気にかかっていた。
いくらアイツでも頭をぶつければ痛みでうめくだろう。それがなんの反応もない。
まったくいつも通りの見慣れた光景のハズなのにどこか不気味な気がして授業中はジローから目を離せないでいた。

「ジロー。おーい、ジロー」

授業が終わって真っ先にジローの席へ向った。
頭を軽くはたきながら「生きてるかー?」なんて軽口を叩いてみる。
クラスメイトも数人、俺と一緒になってジローを小突いたりしてる。
それなのになんの反応も示さない。
いよいよマズイんじゃないか?と思ったとき、次の教科担当が教室に入って来た。

「授業始めるぞー。お前らさっさと席につけー」
「先生。ジローがなんかおかしいんスけど」
「おかしい?何がだ」
「起こしても起きないんだよ。全然動かないし」

教師はジローがおかしいと聞いてすこし心配そうな顔をしていたが俺のその言葉をきいて心底ホッとした笑みを浮かべて明るく言った。

「そんなのいつもの事だろ。宍戸、さっさと席に着け。授業を始める」

「いつもの事じゃねえよ!確かにジローはいつも寝てっけど!しつこく声かけたらちゃんと起きんだ!!全然動かねえのはおかしいんだよ!!」

思わず怒鳴っていた。俺の声に教室中が静まり返り、周囲も「そういえばそうだ・・・」とぽつりぽつりと呟き始める。

生徒達の不安げな表情をみて教師はようやくジローの状態をしっかりと見る気になったようだ。 ジローの席に手をついて声をかけた。

「芥川?」

返事は無い。なんの反応も示さない。
今度はジローの肩に手をおいて軽く揺すりながら声をかけた。

「芥川。具合が悪いのか?・・・返事をしろ。芥川」

刹那、ジローの右手が教師の手首を掴んだ。本当に突然、一瞬のうちに掴んだのだ。
そしてジローはゆっくりと教師のほうへ顔を向けた。

「つ か ま え た」

途端に教師は何かに怯えるように腕を思いっきり振り払った。
持って来たばかりの授業道具を乱暴に抱えると「今日は自習!!」とだけ言い残し慌ただしく教室を出て行った。

俺達はわけもわからずただ呆然と教師を見送った。
すると教師が出て行った途端、ジローがゆっくりと起き上がって周りを見渡し、俺を視界に入れていつもどおりのふにゃんとした笑みを浮かべた。

「宍戸、おはよー」
「・・っ、ああ」
「? どしたの宍戸」

ジローがきょとんとしながら訊ねた。自分がとった奇怪な行動を覚えていないのだろうか。
側に居たクラスメイトが俺が語るより早くジローに声をかけた。

「お前なんなんだよさっきの。アイツの手掴んでさ、『つかまえた』とか言っちゃって!!マジこえーっつの!」
ジローは頭をかいて思いをめぐらせていたようだがやがて「ああ!」と声をあげながら両手を叩いた。

「俺さ、鬼ごっこする夢みたんだよ!俺が鬼でさ!んでやっと捕まえた〜って思ったらなんか起きちゃったのね」

「そうだそうだ」と楽しそうに話すジローに周りも安堵して笑いかけていた。

だが俺は付き合いが長いから気付いていた。ジローは表情こそ笑っていたもののそれは本当の笑顔では無い事に。彼の目が冷たく光っていたことに。

気付きながらも気付かない振りをしていた。