EP 3 追跡者

ゲーム開始から15分後、鳳達5人は大通りを慎重に歩いていた。
さすがに遊園地の周りには道路しかなく、走って走ってやっと店が並ぶ通りに出てこれたのだ。
見渡せば彼ら以外にも何十人もの学生があたりをうろついていた。
ある者はコンビニを物色して食べ物を漁り、またある者はここぞとばかりにオモチャ屋からゲームを盗んでいる。
宍戸は泥棒行為に思いっきり眉を顰めて不愉快そうな顔をしたものの、彼らにかまっている場合ではないと見てみぬ振りを決めた。

「これからどうするよ?」
「とりあえずまずは逃げんと…それと絶対に手に入れておきたいモンがある。」
「手に入れたいもの?」

聞き返せば先頭を歩いていた忍足は振り返って立ち止まった。

「水や食料も当然大事やけどそれはゲーム終わってからゆっくり探せば良い。…まずはこの街の地図と連絡手段、それに護身用の武器や。」
「地図?」
「ここが地元なら街の境界がどこかなんてわかってるから地図なんていらん。けどここはまったく知らん土地や。どっからどこまでが街なのかも、そもそも街の名前もなーんも知らん。
…ま、街の名前はおそらく、アレやろけどな。」

忍足はある店を指した。店の看板には『相田電機桜橋町店』と書かれている。

「桜橋町…きいたことねーな。」
「俺もや…こんな知らん街やみくもに逃げ回ってたら迷子になるしいつの間にかエリア外でジエンドっちゅーのがオチや。地図は絶対必要になる。」
「でもさ、地図なんてみながら逃げてらんねーんじゃね?」
「がっくんの言う通りだC~。つーかオレ地図なんて読めねーんだけど。」

口を挟んだ向日とジローを制して忍足は話を続ける。

「地図は俺がみるからええわ。それよりもっと大事なんは武器やな。」

物騒な単語にこれまで黙ってきいていた鳳もおそるおそる発言した。

「武器…ですか…?」
「武器ッて何だよ・・・ナイフとか?」
「ナイフとも限らんけど…とりあえず鬼に掴まらんような備えが必要っちゅー話や。」
「そもそも鬼ってどんな奴だよ。」

宍戸が訝しげに呟いた瞬間、後方で叫び声があがった。まるで彼の言葉を待っていたかのように。
全員がはじかれたように後ろを振り向く。
およそ500m程離れた位置に黒いマントを着てマスクを被った男とおぼしき人物が10人ほど立っていた。
彼らはそれぞれ学生達を捕まえている。掴まった学生達は逃げようと暴れ、運良く掴まらなかった学生は距離をとりつつ怖々とその様子を見ていた。

「とっとと離せよ!コノヤローッ!!!」

鬼に掴まった学生の一人が鬼の腹に見事な回し蹴りを決めた。しかし鬼はビクともしない。
他の学生達も必死で暴れ回る。

その場の全員が彼らの動向を固唾をのんで見守っていた次の瞬間。

”ハンギャクノイシアリ。ハイジョスル”

鬼が呟いた刹那、空いていた右手を振りかぶり学生へ向けて思いっきり振り下ろした。

ザシュッ――…

学生の首は弧を描いて前方へ飛んだ。鈍い音を立てて地面に落ちるとそのままコロコロところがりやがてピタリと止まった。
目と口を見開いて自分たちを凝視している。
続けざまに残りの学生達の首も同じ様に跳ねて落ちた。

既に興味がなくなったように鬼達は学生を押さえつけていた腕を離した。
胴体のみになった身体はなす術もなく重力にしたがって崩れ落ちる。

ドサッという音を立てて身体が地面に横たわると方々から一斉に悲鳴があがった。

「キャアアアアアアアア!!!!!」

「うわあああああ!!!逃げっ・・逃げろおおおおおおおおお!!!!!」

全員が一斉に鬼から遠ざかろうと走り出す。
鬼もまた学生を捕まえるべく駆け出した。

「や…やべえよアイツら…。」
「岳人!何ボサッとしとんねん!!!逃げるで!!」

忍足が向日の腕を引っ張って走り出す。
残りのメンバーも彼に続いて必死に逃げた。

「うわああああっ!」

「きゃあっ!いやああああああ!!離してええええ!!」

後方からは掴まったのだろうか叫び声が聴こえる。
だが後ろを振り向く余裕は彼らにはなかった。今はなんとしても逃げ延びなければと、その思いだけが彼らの足を動かしていた。

悲鳴があがっては不自然に消える。それが意味することなど…先ほどの光景で明白だった。

「お…俺達も死ぬのかなぁ…?」
「バカ言うなジロー!!ぜってー生き残るぞ!!」
「だって・・宍戸~…。」
「考えるより走れ!とにかくアイツらから逃げるんだ!!!」
「宍戸の言う通りやジロー!!…そこ、左に曲がるで!」

忍足は大きな交差点を渡りきるとすぐに脇道に逃げ込んだ。宍戸達もそれに続く。
脇道は車が2台ギリギリすれ違える程度の広さしかなく、周りは建物で囲まれていた。

「こんなとこ入ってどーすんだよっ!」
「とりあえず大通りからつかず離れず、人の声がするほうに逃げんで。」
「えっ!?そしたら鬼に遭う可能性高くないですか!?」
「わかっとる。けど発信器がついとる以上建物に逃げ込むわけもいかん。それに鬼がアレだけとも限らんし…。あんま言いたないけど人が多い方がまだ逃げ切れる可能性がある。」
「それってつまり…他人を囮にするってことか…?」

宍戸の言葉に忍足へ注目が集まる。忍足は重い表情で頷いた。

「今はまだゲーム開始したばっかでこっちは人数が多い。ひとまずは紛れて逃げるのがええと思う。」
「そんな・・それって・・・・」

鳳が愕然と呟く。宍戸、向日、ジローは言葉もないが表情が青ざめていることから鳳と同じ心境だというのが窺える。
忍足は覚悟を決めたように言った。

「しゃあないんや。オレら全員が生き延びる為には…っ!」

自分が生きる為に他人を犠牲にする。

彼の言葉に全員がはっとして彼を見た。眉を寄せて苦しそうな表情を浮かべる彼もまた、自分の言う事に納得しきれてはいないのだろう。
その場に沈黙が降りた。
しかしすぐに悲鳴が聴こえ、全員が驚いて顔をあげた。

「とにかくぎょうさん向こうに逃げたのは見たわ!あっちいくで!」

全員がうなずき、忍足の示す方角へ駆け出した。

時が経ち、所変わってショッピングセンターの屋外駐車場。
そこに停められた車の影に隠れるようにして跡部は座っていた。
いつでも動けるように腰を浮かし片膝を立てたまま。彼には似つかわしくない従者のポーズだ。
彼は円陣を組んでいる仲間に向かって忍足と同様の意見を述べていた。

「囮…ですか。あまり気持ちのいいものではありませんが、仕方ありませんね。」

返事をしたのは日吉だ。肩で息をしている。
それもそのはず。彼らは鬼に遭遇し、1戦交えて命からがら逃げ切ったところだ。

「鬼とも闘えないこともない、というのはさっきので証明されましたが…危険を冒す必要はありませんしね。」
「ああ。とにかく安全策をとるにこしたことはない。その為には武器も必要だ。」

そういって跡部は全員の顔を見渡す。
しっかりと自分を見据える樺地と日吉。不安そうな色を浮かべている7人の平部員。
そして途中で拾った青学の菊丸と大石。
2人が鬼に襲われかけた所へ跡部達が遭遇して戦闘になったのだ。
運良く鬼の隙をついて12人はこの場へ逃げて来たのである。

「とりあえずアイツが言っていたことが本当ならばそろそろ1時間だ。」

跡部はちらりと腕時計を見る。
時刻は15:23分を示していた。ゲーム終了時刻まで残り7分だ。

「発信器がついているとはいえ、今は下手に動かないほうがいい。万が一鬼がきたらあっちから逃げるぞ。」

あっち、と跡部は自分が背にしている車とは反対側の入り口を示す。裏口となっているそこはフェンスの扉がゆるくつけられていた。
扉についてはもちろん、ここへ逃げ込んだ際に確認済みだ。
元は縄で縛ってあったが解いて今はつっかえ棒式の鍵で留めている。
鍵を抜けばすぐに開けられ、また、外側から開けるのは難しいという仕組みだ。

跡部達は緊張感を漂わせつつこのまま鬼がこないことを祈った。

ウウウウウウウウウウウウウ…

サイレンが頭上に響き渡った。鳴り止むと続いて放送が入った。

リアル鬼ごっこ1日目終了します。鬼は帰還してください。繰り返す…

ほう…と全員から力が抜けた。生き延びたのだ。

途端に全員のブレスレットからピーッピーッっと警告音が鳴りだした。
菊丸がある一点を見てびくりと震え上がった。菊丸の視線を追えば自分たちが出口にしようとしていたフェンスの向こうを鬼が歩いている。
鬼はこちらを一瞥するとそのまま去って行った。
鬼が去るとブレスレットの警告音も次第に弱まり、やがて何も発しなくなった

日吉は制服の袖で汗を拭うとぼそりと呟いた。

「時間切れで命拾いしましたね…跡部さん…。」
「ああ…。」

神に祈るなんてことはしない彼らだが、この時ばかりは心の中で神に感謝した。

リアル鬼ごっこ1日目終了