神尾の災難

跡部さんがストテニで杏ちゃんをナンパしたことが何故か橘さんにバレた。

どうも、神尾です。只今困った事になっています。
実は数ヶ月前にストテニで初めて跡部さんに会った日なんだけど、その日に跡部さんが杏ちゃんをナンパしてたんだよ。
それは許せねーけど、まあ今は置いとくとして…。
杏ちゃんがナンパされたなんてあの人の耳に入ったらその場にいた俺も睨まれそうでずっと黙ってたのに何故かどこからか知ってしまったらしく現在食堂にお呼出しくらってます。
桃城だ…。橘さんの知り合いであの場にいた奴といえばあとはもうアイツしかいねえ。桃城あとでぶっ殺す。

そして肩身狭く椅子に縮こまっている俺の真横では兄妹喧嘩真っ最中です。

「だから何故黙っていた!!何かあったら言えといっただろう!!!」
「このくらい何でもなかとね!!!」
「何でも無いわけがあるか!お前に何かあったらどうするんだ!!!」
「何かあったら、とは言ってくれるじゃねえの。あーん?」
「せからしか!!」
「せからしか?はじめて聞く言葉だな」

何のんきな事言ってんですか跡部さん…。

何故かこの場には跡部さんまで居ます。今回の件をきいた橘さんが怒りのままにこの人まで収集しちゃいました…。
そんな呼び出しなんか俺はともかくあの人は無視するかと思ってたけど意外にもすんなりやってきちゃった。
(なんで来ちゃうんだよ跡部さんのバカ…。)
両手をズボンのポケットにつっこみながら歩いてきたあの人が「よぉ、橘。」って言った瞬間の橘さんのはんにゃのごとき形相を俺はきっと一生忘れられないと思う。
ああ、夢にでそう…。

そういうわけでこの場には橘さん、杏ちゃん、跡部さん、俺っていう奇妙な組み合わせのメンバーがいるわけなんだが、さっきも言ったとおり橘さんと杏ちゃんは喧嘩中、跡部さんは面白そうに2人を眺めてる。
ていうかこの人自分が原因のくせに紅茶飲んでくつろいでやがる…。ぐわー!こういう所がマジむっかつく!!

そして2人の喧嘩の声が大きいもんだから野次馬集まってきちゃった…。俺すげえ居たたまれない。
だってここ食堂だよ?喧嘩すんなら部屋でやろうよ。何もこんな大部屋選ばなくてもいいじゃないか…。
いまは合宿所にいて周りを知り合いで囲まれてるっていう状況わかってるのかなあ…?

青学をはじめとしたライバル達が集まっているこの建物内で話さなくとも…せめて合宿終了して解散してから改めて集まればいいと思うんですが橘さん…。
ほら、言ってる側からさらに人集まってきちゃったよ…。俺達から離れたテーブルに座って物珍しそうに眺めてるよ…。
っていうか桃城!!お前なんでそんな遠くから眺めてんだよニヤついてんじゃねえよ!!!ほんと殺すぞ!!!

「なあ、お前らさっきから何騒いでんの?」

向日さん…。こんな会話に加わろうだなんて、アンタ以外とバカだったんですね。
向日さんの後ろでは宍戸さんが必死な形相で「あっ、バカ…。」って言ってる。鳳は青ざめながら両手で頭抱えてるし忍足さんはそっぽ向いて知らない振り決め込む姿勢だ。

「あーん?見てわからねえか?兄妹喧嘩だよ。」
「いや、見りゃわかっけど…。つかお前何でこんなとこに座ってんの?」
「何故か呼ばれたんでな。」
「何故かじゃないでしょおっ!元はと言えばアンタのせいでしょーがっ!!!」

あっ、しまった。心のツッコミが声に出てしまった…。
ついノリで机バーンって叩いて思いっきり立ち上がるなんてパフォーマンスまでしちゃったよ。どっかの誰かと違って目立ちたくないのに…。
おかげで室内の視線を独り占めだ。嬉しくない。
橘さんと杏ちゃんも喧嘩を止めてこっちを凝視している…というか橘さん、あの…どんどん顔が険しくなってきていますよ。(ひいい…。)

「そうだ跡部!元はと言えば貴様が杏にちょっかいかけるからだ!金輪際、杏には近づかないでもらおうか。」
「あーん?それはアンタが決める事じゃないだろう?おにいちゃんよぉ。」

うわーーーーーーっ!!!この人わざとだ!!絶対わざと煽ってる!!!
橘さんの顔がもうこの世のものとは思えない状態になってる…。いつもの優しい橘さんに戻ってください。どうか大仏のごとく慈悲深いあなたにお戻りください…!

「貴様におにいちゃんなどと呼ばれる筋合いないわ!」
「あ?杏ちゃんの兄貴なんだからおにいちゃんで合ってるだろ?」
「杏ちゃんなどと呼ぶな!馴れ馴れしい!」
「ちょっとお兄ちゃん!!」

今度は橘さんと跡部さんの喧嘩がはじまったところで向日さんが3人を眺めながら俺に耳打ちしてきた。

「なあ、結局どうなってんの?コレ。」
「…跡部さんが杏ちゃんをナンパした事が橘さんにバレちゃって…それで…。」
「ナンパ?ナンパねえ…。」

向日さんは顎に手を当てて考え込む姿勢をとってたけどしばらくして楽しそうに杏ちゃんの横へ移動した。
なんかイヤな予感がする…。

「思い出した!!お前あんとき桃城とデートしてた女だよな!?」

とんでもないこと言ってくれちゃったよこの人。ていうかデートだと?桃城許さねえ!

「デート…だと?」

ピクリと橘さんの耳が反応する。声も低くて絞り出しているようではっきりいって怖い。
桃城はというと、向日さんのデート発言で周りの視線を集めていて若干腰が引け気味だ。
でも大きな理由は橘さんに睨まれているせいだろうな。
顔がすげー引きつってる。はっ、ざまみろ。

「ちょっと向日さん、別に桃城くんとデートなんてしてないわよ!テニスしてただけ!勝手な事言わないでくれる?」
「そうなのか?楽しそうに打ち合ってたからデートしてたのかと思ったぜ。」
「別にテニスしてたくらいでデートにはならないでしょ。」
「そりゃそっか…。でもあん時はお前らデートしてるのかと思ったからよ、跡部が声かけた時はてっきり跡部がお前らの関係ぶち壊すつもりなのかと思ったけどな。」
「バーカ。デキてんのか確かめただけだろ。」
「確かめてどうするつもりだったんだよ。」
「そうだな。今度こそデートというのも良かったかもしれねえな。」
「おあいにく様!あなたとは頼まれてもデートなんてしません。」
「~♪オレの誘いを断るとはいい度胸じゃねえの。」
「跡部振られてやんのー♪」

ギャハハハと笑う向日さんに軽く笑って紅茶を飲む跡部さん。
なんなんだろう、今の会話を聞くに跡部さんは杏ちゃんのこと本気じゃないのかな…?よくわからない人だな。
俺が成り行きを見守ってると同じく3人を見ていた橘さんが向日さんに向き合った。

「…おい向日、お前も跡部が声をかけた時に居たのか?」
「ああ、居たぜ?」
「桃城とデートしていたと思ったというのはどういう事だ?神尾もその場に居たんじゃないのか?」
「神尾?いや?桃城しか居なかったけど?」
「神尾、どういうことだ??」
「えーっと…、俺が会った時は跡部さんと樺地しか居なくて、向日さんは居なかったんですよ。だから向日さんの話は俺にはよく……。
そうだ!桃城に聞いたらいいんじゃないすかね!!」

俺は桃城を売ることにした。デートでないにしろ杏ちゃんと2人でテニスなんか許せねーからな。

桃城はと言うと俺が桃城の名前を出した瞬間に「うげえっ!!」って言ったっきり逃げ出そうとした所を青学の菊丸さんと越前に抑えられてる。2人ともナイス!!
「離してくださいよ~」と必死な桃城をからかいたいだけというのが2人の表情にありありと出ている。普段は鬱陶しいけど今ばかりはあの2人がいてくれて俺的に嬉しい。

そんな桃城に詰めよろうと橘さんが腰を浮かしたとき、杏ちゃんが立ち上がった。

「もう止めて!!!」

「確かに桃城くんとはテニスをしたわ。神尾君たちとストテニにいたのとは別の日にね!その時にたまたま氷帝の人達もきて声をかけられたのよ!それだけよ。」
「その通りだぜ橘。それに勘違いしているようだから言っとくが杏ちゃんが目的でストテニに居たわけじゃねーよ。ストテニに行ったら杏ちゃんがいたから声をかけただけだ。」
「お前がストテニに行った時に限って出くわすなど偶然にしては出来すぎていないか?」
「ハッ…。おいおい、俺が杏ちゃんに会ったのはその2回だけだぜ?それを言うならそもそも杏ちゃんとテニスをしていた桃城はどうなる?」
「む。…だがお前は杏に声をかけただろう。それとも何か?杏の事は遊びだとでも言うつもりか。」
「遊びも何も、付き合ってるわけじゃねーよ。お前のなかでは単に話をしているだけで付き合うことになるのか?世間話に覚悟が必要か?」

よかった。跡部さんは杏ちゃんと付き合ってるわけじゃないのか(ホッ)
橘さんも跡部さんにハッキリ否定されて少しだけ…いやかなりホッとしたような顔をしてる。

「いや、言われてみればそうだな。すまない。少しばかり神経質になっていたようだ。」
「かまわねえぜ。退屈しのぎにはなったからな。…話が終わったんなら俺は部屋へ戻るがいいか?」
「ああ、付き合わせて悪かった。」

跡部さんは軽く鼻を鳴らしながら席を立つと「行くぞ樺地」と言って部屋を出て行った。っつーか樺地居たのか。全然気付かなかったぜ。
樺地は跡部さんが飲んだ紅茶のカップを手早く片付けるとそそくさと彼の後を追って部屋を出て行った。
跡部さんが退席したことで室内に解散の空気が流れ、今まで俺達を眺めていた人達もぽつぽつと部屋を出て行き、残った人は身内話に花を咲かせはじめた。

ああ、良かった…何事もなくて。
橘さんのあの形相…俺は今日が命日かと思ったぜ。
跡部さんも向日さんもバカとか思ってごめんなさい。アンタ達のおかげで俺は命を拾いました。
英雄の片割れは既に氷帝のテーブルに戻って宍戸さん達と楽しそうにじゃれあってる。
その背中を眺めて俺は心の中で精一杯の賛辞を送った。
橘さんと杏ちゃんも落ち着いたみたいだし一件落着だな。

…でも何か忘れてるような……?

首を捻ってみれば視界の端に青学の3人が映った。
桃城は未だに菊丸さんと越前に掴まっていて「いいかげん離してくれ」なんて言い合ってる。

そうだ思い出したぞ…。元はと言えばあの野郎……!

思い出したらふつふつと怒りが込み上げてきて考えるより先に身体が動いていた。
俺は静かに席を立つ。
その拍子に椅子が鳴らした音で青学の3人集が俺に気付いた。
揃って俺をみて、揃って目ん玉をまん丸に見開いて固まっている。

「桃城…。貴様よくも…よくも………。」
「まっ…待て神尾!!落ち着け!!話せばわかる!!!」
「うるせえ!!お前のせいでこっちがどんな思いしたとおもってやがる!!!!」
「ええっ!!オ、俺のせいかよっ!?」
「他に誰がいやがるんだーーーーーーーっ!!!死ねーーーーっ桃城!!!!」

俺の叫びを合図に桃城が菊丸さんと越前の腕を振りほどいて一目散に部屋を飛び出した。
当然俺も全速力で後を追いかける。
室内からあがるギャラリーの歓声を受けて俺は部屋を飛び出した。

第二ラウンド勃発。