異名

とある大会の会場内を、リョーマはジュースを買うべくぷらぷらと歩いていた。
よそ見していたせいか前方に人が立って居る事に気付かず、モロにぶつかってしまった。

「あてっ!」
「お?大丈夫か?」
「気をつけろよ」
「ん?てかコイツもしかして青学じゃねえ?」

青学ときいてリョーマは顔をあげた。目の前に立つ2人に見覚えはなかったがユニフォームらしきものを着ているのでどこかの学校の選手なのだろう。
青学は周辺ではそこそこ有名な学校ということはリョーマも認識していたので目の前の男達が知っていても不思議ではないと思う。
だが、その考えに行き着く前に口を開いていた。

「青学のこと知ってんの?」
「そりゃそうだ。東京のテニス部で青学を知らない奴はモグリだろ」
「だよなぁ」

「ふぅん…。」と興味なく相づちを打ったところに少し離れた位置で「キャー!」という悲鳴があがった。
3人が声のしたほうへ顔を向けると、制服を着た女生徒が集団で盛り上がっている。
女生徒の間からシンプルなデザインの、見覚えのあるユニフォームを着た集団がちらりと見えた。
そのユニフォームの色は透き通った水色で彼らの学校名によく合っている。

「氷帝…。」
「ホスト部…。」

リョーマの呟きに重なるように発せられたその言葉に首をかしげる。
ホストというのは夜の商売ではなかったろうか?
彼らはテニス部なのに何故ホストなどと言う、スポーツから程遠い言葉が出て来たのか。
リョーマは頭の中で疑問符を浮かべながら男達にオウム返しで訊ねた。

「ホスト部?」

「何だ?青学は知らねーのか?」
「ホスト部ってのは氷帝テニス部の別名だよ」

男達は意外そうにリョーマを見たが別段バカにするつもりはないようで、言葉の意味を素直に教えてくれた。
男がくいくいと氷帝の集団を指差したのでそれに倣ってリョーマも顔を向ける。

「アイツらわりかし顔いいの揃ってるだろ?そのくせ坊ちゃん校に通ってるし加えて跡部のあの態度。…ああ、跡部ってのは。」
「大丈夫、知ってる。」
「そうか。…まあアイツのカッコ付けっぷりだとか、アイツらに群がる女ども…。それらの様子からアイツら影ではホスト部って呼ばれてんだよ。」

なるほど、もっともだ。理由をきけば確かにホスト部と言われるのもうなずける。
疑問が解消されればあとはもう笑いしかこみあげてこない。なにせ…その異名が似合いすぎているのだ。

「へぇ…ホスト部……。」

リョーマは女生徒に囲まれて鬱陶しそうにしている氷帝レギュラーを眺めつつ、男に教えられた事を心にしっかりと刻み込んだ。


リョーマが自販機で買ったジュースを飲んでいると先ほど見かけた集団が通りがかった。
今度は女生徒を連れていないようだ。…まあ、先ほども彼らが連れていた訳ではないだろうが。
同じくして集団もリョーマに気付いたようで彼の前で歩みを止めた。
集団の先頭に立つ跡部が尊大な態度でリョーマに話しかけた。

「青学のルーキーじゃねぇの。」
「どもっす。」

跡部に声をかけられてぺこりと頭を下げた。
リョーマはそのまま集団をじっと見回し、忍足をみてぽつりと漏らした。

「No.2かな。」
「あ?うちのNo.2は忍足じゃなくてコイツだぞ。」

コイツ、と跡部は樺地に抱えられて寝こけているジローを顎でしゃくる。
ジローは中学生にしては少し幼い顔立ちをしており、すよすよと眠る様子は天使のようだ。

「…なるほど、可愛い系のほうが受けがいいのかな…。」
「はぁ?」
「いや、コッチの話。…んでアンタがNo.1だね。」
「当然だろ。俺様以外にキングがいるか。」

フッと誇らしげに髪をかきあげる。
片手をポケットに入れながら髪をかき上げる様は確かにホストそのものだとリョーマは吹き出してしまった。

「あーん?何笑ってやがる。」
「いや、さすが指名No.1だと思って。」

その言葉に跡部の眉毛がピクリとつり上がった。
先ほどまでの機嫌の良さから一転、目の前のリョーマを鋭く睨みつける。

「指名?…まさかお前あのクソむかつく話してんじゃねえだろうな?」
「クソむかつく話って何のコトっすか?」
「俺らをホスト部とか揶揄してる話や。」

忍足が口にするのも忌々しいという風に答えるとリョーマはニヤリと笑って爆弾を投下した。

「ピッタリじゃないっすか。なんでユニフォームはスーツじゃないんすか?」

リョーマの言葉に鳳と樺地は青ざめ、氷帝3年と日吉の顔にはピキピキと青筋が浮かんだ。
彼らをとりまく空気が一気に剣呑なものにかわる。

「上等じゃねえの。コートに入れ!」
「待ちぃや跡部、俺がやるわ。」
「いーや、俺だ。20分で片付けてやる。」
「クソクソ越前!1年のくせに!!!」
「本当に腹が立つチビスケだな。」

「…皆さ~ん、野試合はまずいっすよ~……。」

鳳は怒り心頭のチームメイトを止めるべくこっそりと進言するも全員から思いっきり睨まれてすごすごと引き下がった。
そもそも2年の自分が3年組にかなうはずはない、それはわかっているけれど他校とのトラブルなんて御法度。
止めないと氷帝が大会辞退なんて事にもなりかねない。どうにかこの場を収めなくては、と鳳は思う。

ところがリョーマは空になった缶をゴミ箱に投げ入れると、鳳の心配をブチ壊す行動をとった。
挑戦的な笑みを浮かべて更に彼らを煽ったのだ。

「なんならまとめて来てもらってもいいっすよ。あ、さすがに人気のホストを独り占めしたら怒られちゃうか。」

「「「「「上等だコラァ!!!!!!!!」」」」」

…これはもうダメだ。全員頭に血が上ってしまっていて鳳の話になんて耳もかさないだろう。
となると相手の、越前の保護者になんとか収めてもらうしかない。
鳳は怒りのオーラを発する先輩達とそれをさも愉快そうに煽るリョーマの姿を交互に見てため息をつくと、助けを呼ぶべく青学レギュラーの元へ駆け出すのだった。

*おまけ

「すまないな跡部。まさかそんな事になっていたとは。」
「痛いっすよ、部長…。」

手塚によって頭を思いっきり下げさせられて身体を90度に折っている状態のリョーマがなんとかこの状態から逃れようと抵抗する。
手塚はそれを許さずリョーマを抑える手に力を込めるとさらに頭を下げさせた。

「本当にすまない。よく言ってきかせる。」
「まったくだ。てめえの所はどういう躾してやがるんだ?あーん?」
「部長は俺の親じゃないっす…あでっ!」
「越前、戻ったらグラウンド100周だ。」
「んなっ!!ヒドイっすよ~…。」
「他校生に喧嘩を売ったこと、野試合しようとしていたこと、周りへ迷惑をかけたこと、そもそも勝手に持ち場を離れた事。…100周でも足りん。反省しろ!」
「うっ…。すんませんした……。」

目の前で繰り広げられる会話に跡部は目を見張った。

(なるほど、これが青学の強さか…。)

この日以降、氷帝でも部員への罰則にグラウンドを走る事が追加されたとか。
そして跡部に逆らう者はますますいなくなったという。

*あとがき
タイトルの別名は『氷帝学園ホスト部』ですw