※未完成

『ほんとうに行っちゃうの?』
『ああ。もう決まってしまったことなんだ…。』
『そう…。日本って遠いの?』
『遠いな。すごく遠い。』
『もう会えなくなるの?』
『子供のうちは難しいけど大人になったら会えるさ。飛行機ですぐだからな。』
『そっか。大人になるまでの我慢だね。…でも大人って長いねまだまだずーっと先だよね?』
『ああ。』
『大人になるまで俺の事覚えていてね。約束だよ?』
『約束だ。大人になったら会いにくるから。』
『絶対だよ?絶対だからね!?』

2人の子供は互いの小指を絡ませて「約束」と指切をした。

『俺っ…手紙書くから!いっぱい書くからね!ケイも書いてね。』
『ああ!もちろん!!いっぱい書くよ、リョウ!』

だがその約束は守られることはなかった。
日本へと旅立った彼の行方はわからず、それから4年の月日が流れた。

K/R

「行ってきまーす。」

玄関で挨拶すると「いってらっしゃい。」という言葉が部屋から帰ってきた。
その声に送られて家を出る。

「ほぁら~。」

頭上から聴こえた声のほうを見ると、塀の上に愛猫、カルピンの姿があった。
見送りにきたのだろうか。カルピンは塀の上に腰をおろし、ゆらゆらとしっぽを振りながらリョーマをじっと見下ろしている。
手をのばして頭を優しく撫でてやれば嬉しそうにすり寄ってきて、リョーマの口元も自然と綻ぶ。

「行ってくるね、カル。」
「ほぁら~。」

肩にかけたテニスバッグを担ぎ直し、通い慣れた道を学校へ向けて歩く。
今日はリョーマがレギュラーになって初の練習試合が行われる事になっていた。
相手は全国大会常連の強豪校なのだという。

「氷帝か…。どんな学校なんだろ。」

青学テニス部の面々にとっては聞き慣れた名前なのだが、数ヶ月前に日本へきたばかりのリョーマにとっては初めて聞く名前だ。
顧問が練習試合の相手を発表した際に周りがやけに反応していたのが気になって近くにいた桃城に訊ねたところ「全国区の強豪校だ。」と教えられた。
相手が強ければ強いほど燃えるタイプのリョーマには、この話を聞いて以来、氷帝と対戦できる今日この日が待ち遠しくて仕方が無かった。

(まっ、勝つのは俺だけどね。)

心の中で呟いてにっと笑う。
試合の事を考えたら彼らと早く対戦したくなってきて、リョーマは少しだけ足を速めた。


「ちーっす。」
「おー、越前おせーぞ!」
「そっすか?」
「おせえよ。集合1分前じゃねえか。」

挨拶しながらコートへ入ると早速桃城に声をかけられた。
その声に引かれてコート内に居たレギュラー陣もリョーマに注目する。
手塚が相変わらずの無表情で近づいてくるのが見えて、リョーマはなんとなく逃げ出したい気持ちになった。
特に何かしたわけではないけれど。彼の無表情っぷりにはそう思わせる力があるのだ。
少しは笑えばいいのに。

「…越前、お前は時間ギリギリにくるという習慣をどうにかしようとは思わないのか?」
「すんません、部長。」

桃城の言う通り多少は遅かったかもしれないという自覚は一応あったのでとりあえず素直にあやまっておく。
手塚はそれ以上は何も言わず、コート内の部員達に集合をかけた。
部員達は即座に手塚の元へ集まり、綺麗に並びたつ。
全員が揃った事を確認すると、手塚は本日の予定について話しはじめた

「皆知っての通り、今日は氷帝学園との練習試合だ。…だが練習といえど大会に出るレギュラーとの試合。試合に出る者はもちろんのこと、見学者も十分に気合いを入れて臨むように!」
「ハイ!」
「それではオーダーを発表する。」

リョーマは手塚の声を聞きながらコートの入り口を見やった。
今頃は竜崎が氷帝を迎えに行っている頃だ。

早く試合したいな。どのくらい強いんだろう。

しかし、手塚が発表したオーダーの中にリョーマの名前はなかった。

試合を出来ると期待していただけにショックは大きい。
今すぐにでも手塚に掴み掛かって文句を言いたいところだが入部したばかりの1年がとやかくいえる話ではないと気付いてそこはぐっと踏みとどまる。
そんなリョーマの心情を知ってか知らずか手塚は淡々と試合についての話を続けている。
自分の名前がなかった時点で手塚の話には興味を無くしたリョーマは今度こそ意識を完全に外へ向けた。


ザッザッ…

ミーティング終了後、部員達はコート内に散らばってストレッチをしていた。
そこへ多数の足音が近づいてくる気配を感じ、前屈をしていたリョーマは顔を上げた。
後ろでリョーマの背を押していた桃城もコートの外を見ながら「きた…。」と呟く。
桃城の視線を追って見れば青と白でデザインされたユニフォームを着た集団が竜崎に連れられてこのコートへと歩いているのが見えた。

あれが氷帝学園か…。

フェンス越しに見える集団は数人は手前の人物に被って顔がよく見えない。
ただ、時折覗く髪の毛の色が金や黒、赤や銀など様々な色で、ずいぶんとカラフルな集団、というのがリョーマの彼らに抱いた第一印象であった。
手前の青髪の奧には金髪に近い茶髪が見え隠れしている。
なんとなくその色から目を離せずにいると彼らはコートの入り口について立ち止まった。

竜崎がコートの入り口を開け、中へ入ってきた。
彼女に続いて入ってきた男の顔を見た瞬間、リョーマの瞳は彼に釘付けになった。

先ほどから気になっていた髪色の持ち主だ。
日本人離れした顔立ち、青色の瞳、泣きぼくろ…。
彼が持つ特徴にリョーマの頭の中で昔の想い出がフラッシュバックで蘇ってきた。

『お前の名前はなんていうんだ?』

『俺か?俺の名前は---』

「ケイッ!!!」

思わず叫んでしまっていた。
突然の声にコート内は一瞬にして静まり返る。
青学も、氷帝も、時が止まった様にうごかず、そして声を出したリョーマに注目する。
しかしリョーマはそんなことは気にならなかった。今のリョーマにはただ一人しか見えていない。
ほとんど無意識でその人の元へと歩み寄っていた。

一歩…二歩……。

やがて青年の目の前につき、彼を頭のてっぺんからつまさきまで何度もじっくりと眺めた。
青年はふらふらと自分へと近寄ってきた少年に驚き固まっていたが周りの視線がこちらに向いていることに気付いて眼前の少年に声をかけた。

「…オイ。」

かけられた声にハッとして青年を見上げれば、彼はその端正な顔を僅かに歪ませてリョーマを見下ろしていた。

「何なんだ?お前。」

リョーマはそのあまりに冷たい声に瞠目した。同時に頭の中が真っ白になった。

目の前に立つ人物は誰だ?
想い出の彼の面影を持つ目の前の人物は、リョーマが知らない冷たい目で自分を見下ろしている。

「ケイ…じゃ、ない……?」

「あーん?誰と勘違いしてるのか知らねえが俺様の名前は跡部景吾だ。ケイなんて名前じゃねえ。」
「ケイゴ…?」

信じられなくてそのまま彼の顔を見つめる。やはり見れば見る程似ている・・と思う。
しかし彼は自分をこんな冷たい目で見る人では無かった。
天と地程もあるその1点の違いがリョーマを現実に引き戻した。

「あ…すんません……。知り合いに似てて…。」
「いや、かまわねえよ。わかったんならとっとと戻れ。」
「っす…。」

跡部にしっしっと手で払われてリョーマは青学の先輩達の所へゆっくりと戻ってきた。
肩を落としながらとぼとぼと歩いてきたリョーマを青学メンバーが囲む。
さっそく桃城がリョーマの肩に腕をまわして「お前どうしたんだよー」と軽く訊ねた。

「……何でも…ないっす。」

思ったよりも暗いリョーマの返事に青学陣は一瞬動きを止めて互いに顔を見合わせ、またリョーマに視線を戻した。
リョーマは先輩達の追求するような視線を遮るように帽子を深く被るとそのまま下を向いて立ち尽くした。

そんな青学陣を狐につままれたような表情でぼんやりと眺めている氷帝陣だったが突如、跡部の後ろに居た青髪の男が肩を揺らしてくっくっと笑い出した。
跡部はその様子を見咎めて口を開いた。しっかりと彼を睨みつけることも忘れない。

「なんだ?忍足?」
「やー、びっくりしたわー。…自分、ほんまに知り合いとちゃうのー?」
「いや…初めて見る奴だ。」

多分…と言う言葉は飲み込んだ。会ったハズはない、そうは思うのだが…。

跡部は確かに昔『ケイ』という愛称で呼ばれていた。自分をケイと呼び慕う友達は多かったがその中に唯一黒髪の、自分と同じ日本人が居た事をぼんやりと思い出していた。

まさかな…。

跡部は幼少期をイギリスで過ごした。ケイと呼ばれていたのはイギリスにいた頃。日本に来てからは自分をケイと呼ぶ者は居なかった。そう、自分を愛称で呼ぶ者がここに居るハズがないのだ。
思考に耽っている跡部の側で忍足はぽんと自分の右手を左手に乗せて「思い出した」というポーズをとった。

「もしかして、アイツちゃうの?アメリカ帰りのスーパールーキーって。」
「あ、噂になってたアレか!」

忍足のすぐ横にいた岳人が彼の話に乗り、そのまま噂できいたというルーキーの話を始めた。
青学に1年にしてレギュラーをとった化け物がいるとか、そいつがアメリカからの帰国子女なんだとか、とてつもなく生意気なんだとか…。

盛り上がる2人を他所に跡部は彼らの会話の中の『アメリカ』の部分が引っかかっていた

アメリカ…。やはりな、アイツなわけがない。

アメリカへは何度か行ったことがあるが、自分を愛称で呼ぶほどの知り合いはいない。
そもそも観光で行っただけなので知り合いと呼べる程の知り合いも居ない。いるとすれば親の友人くらいだ。

跡部は先ほどまで思い浮かべていたイギリスの友人の事を振り払って、試合の準備をするべく側に居た竜崎へ挨拶をした。