ジローのお願い

「跡部ー、跡部跡部あーとーべっ!」

「あーん?ウルセーな、ジロー。聴こえてんだよ。」

部室のソファにゆったりと腰掛けて本を読んでいた跡部はうるさそうに顔をあげながら答えた。
室内にいた他レギュラーも騒々しいジローの様子に目を向ける。

当のジローはパタパタと跡部の傍に寄ると「お願いがあるんだけど」と切り出した。

この言葉を聞いて跡部は僅かに眉を潜めた。ジローのお願いなんてロクなもんじゃないとわかりきっているからだ。
自分の目の前で小首をかしげて「お願い」というジローを眺め、とりあえず話だけでも聞いてみようと続きをうながした。

「お願いって何だ?」
「あのね、今から俺の言う通りにしてほしいんだけど」
「断る」
「なんでっ!!」
「『何で』はこっちのセリフだ!何でオレ様がてめえの言う事をきかねーといけねーのか、納得いく理由を話してもらおうか?」
「うぐっ…………。Eじゃん、たまには聞いてくれてもさーっ!」
「あーん?てめーが部活中でも試合中でも眠りこけてんのを黙認している。十分すぎるだろうが。逆にこっちの命令をきいてあまりある立場じゃねーのか?テメーはよ」

これにはさすがに返す言葉もない。
「う~っ…………」と唸ると頬を膨らませて跡部を睨みつけることしか出来なかった。

「まあまあ跡部、頭ごなしにがならんでもええやろ。ジロちゃんがお願い言うてんやからきくだけ聞いてやりぃや。」

さすがにジローを可哀想に思った忍足が助け舟を出してやれば、宍戸と向日もそれに続く。

「そうだぜー。話もきかないで断るのは可哀想だろ」
「とりあえず聞いてみてから考えればいーじゃん」

「…コイツは『自分の言う通りにしろ』と言ったんだぞ。んな簡単に承知できるかよ」

我が意を得たり、とばかりにジローは先ほどまでの殊勝な態度を一転させ、勢い良く起き上がった。

「別にそんな難しいことじゃないC~。まずはね、その組んでる足を戻して!」

ジローはビッシィーッ!!っと効果音がつきそうなくらいな早さで跡部のひざ当たりを指差しながら言った。
跡部は何か言おうとして口を開くが周りの顔を見て口をつぐんだ。この程度のお願いもきけないのか、などと言われては面倒だ。大人しく組んでた右足を下ろす。
その態度に気を良くしたジローはにっこりと笑顔になり、次のお願いを口にする。

「そうそう♪そしたらね、少し深く座って背もたれに寄っかかって」

跡部はジローの要求通りに座り直す。その姿をニヤニヤと笑いながら眺める忍足、宍戸、向日の3人の顔が見えて後でシメてやろうと心の中で決意した。
樺地は相変わらず黙って跡部の後ろに控えており、鳳と日吉は部室の隅から遠巻きに眺めていた。

「そんでね、すこーし足を開いて・・・。」

言われるがまま跡部が足を開いたところにジローはすかさず身体を滑り込ませて椅子に座った。驚いている彼の両腕をとって自分の腹に絡ませると跡部がジローを抱っこする形になる。
ジローは跡部に寄りかかりながら彼の胸に自分の頭を乗せると満足そうに笑った。

「えっへへー。跡部椅子気持ちEー♪」

しばらく惚けていた面々だったが一拍おいてジローの言葉に吹き出した。周りが腹を抱えて笑い転げる中、跡部だけは「何を言われたかわからない」という表情で固まっていた。

「あっはははは!!!跡部椅子!?あはは、おっかしーっ!!!」
「ジロー、お前さいっこう!!!!」
「跡部を椅子にするなんてジロちゃんぐらいやわー。はははは。」

ようやく状況を理解した跡部が口を開きそうになったところでジローは「うわっやべっ」と呟くとするりと椅子から離れて一目散に部室を出て行った。
岳人、宍戸、忍足が笑いながらその後に続いて部室から逃げ出す。

3年レギュラーが全員居なくなった所で跡部は口元をひくつかせながら立ち上がると樺地を伴いゆっくりと部室から出て行った。

残された2人は既に閉まったドアを眺めていたが鳳は先ほどの出来事を思い返してぽつりと呟いた。

「……ねえ、日吉、思ったんだけど……、さっきの座り方っていわゆる恋人座りっていうやつじゃ……」
「黙れ」

日吉の容赦ないツッコミが冴え渡った瞬間、外からは跡部がジローを叱る声が聴こえてきた。

*おまけ

「ほぅ、こんな所に椅子があるじゃねーの」
「ぐえっ!!……重っ!跡部おーもーいーっ!!!」
「喋る椅子たぁ珍しいな」
「ちょっまじ苦C~どいてよーっ!さっきのことなら謝るからぁ~っ!!!」
「やれやれ、情けねえ椅子だぜ」

「……情け容赦ないって意味では跡部のほうやんな……」
「俺もさすがに腹の上のっかられたら死ぬわ。アイツ鬼だな」
「ジローのやつ目ぇ覚めたみたいだし、いんじゃね?」