心の内に秘めた決意

宍戸が鳳と付き合い始めた、と聞いたのはつい最近のこと。

忍足に言われるまでまったく気付かなかった。今までそんな素振りは見えなかったから。
いつから付き合っていたのか。

忍足曰く「あそこまでわかりやすい奴もいない」らしい。「よく見てればわかる」と。

付き合っているという前提で2人を注視すると、なるほど確かに幸せそうだ。
時折かわす視線が優しい。それは一瞬のことだけれどその瞬間だけはまるでそこに自分たちしかいないかのような、そんな甘さを含んだ視線。まさに恋人同士のそれだ。

この瞬間、失恋したのだと気付いて喪失感にみまわれた。

跡部は宍戸を密かに慕っていた。
最初は自分に突っかかってくるだけの鬱陶しい人物だったがいつの間にかとても気になる存在になっていた。
何かと自分に向かってくる負けず嫌いなところも、見る者を視線で射殺すことができそうな強い目も、後輩思いの優しい面も好きだった。
その宍戸が自分をライバル視して挑んでくる。
自分の好きな瞳が自分だけを映している。それが快感だった。

だがそれは勘違いだった。宍戸の瞳は本当の意味では自分を映してはいなかったのだと気付いた今、自分の心の中にあるものが壊れていった気がした。

これ以上2人を見ているのが辛くてコートを出ようとしたときだ。

「跡部ー、どこいくんだよ?」

宍戸がコートの中から声をかけてきた。
まったく、気付かなくて良いものを。どうしてコイツはこういう時だけ気がつくのか。

「用事を思い出してな。少し席を外す。」

返答に納得したのか宍戸は「そっか」と呟くとラリー練習を再開した。
その様子を眺め、跡部はコートをそっと離れた。

部室に入り扉を閉め、そのまま扉に寄りかかった
部活中だからかレギュラー用部室には誰もおらず、室内は閑散としていた。
外からはボールを打つ音やかけ声が遠くに聴こえてくるのみである。

いつまでそうしていただろうか。頬に何かが流れる感触がして触れてみると手のひらに透明の雫が流れた。
それを見てようやく自分が泣いていた事に気付いた跡部は涙が流れるにまかせて静かに泣き続けた。

部活が終了するとレギュラー達も一人、また一人と帰宅していった。
最後に残った鳳と宍戸もまた帰宅準備をしていた。

「宍戸さん、帰りましょう」
「おう!」

自分の鞄を持ち上げながら鳳が声をかけると宍戸も鞄を持ちつつ答える。

「跡部、樺地!お先ー!!お前らも早く帰れよ!」

宍戸は2人に声をかけると鳳と共に部室を出て行った。

樺地と2人になり静まり返った室内で跡部は静かに息を吐いた。

「跡部さん」
「何だ?」

聞き返したが返事が無い。不審に思った跡部が樺地のほうを向けば樺地は何やら切なそうな瞳で跡部を見ていた。

「・・・何だ?」

もう一度問いかけた

「・・・・その・・・・・・辛いときは・・・・・泣いたほうが良い・・です・・・・」

跡部は驚いて目を見開いた。まさか樺地には自分の気持ちが見透かされていたのだろうか?
自分では上手く隠してきたつもりだっただけに跡部の内心はどくどくと波打っていた。
だが自分の気持ちに気付いたとしてもそれは恐らく長年傍に居た樺地だからだろう、と結論づけるとまたいつも通りの澄まし顔でさらりと返事をした。

「・・・必要ねえ」

昼間泣いたから、という言葉は心の内に秘め立ち上がった。
窓を見れば空が赤く輝いていた。
空を見て目を細めると樺地に声をかけ歩き出す。

「帰るぞ、樺地」
「ウス」

宍戸が幸せならば今は身を引こう。だが少しでも隙を見せたならその時は・・・・・

部室を出た跡部の視線の先には談笑しながら歩く鳳と宍戸の姿が小さく映っている。
2人を見据えながら新たに決意すると迎えの車に乗り込みドアを閉めた。

*あとがき
本当はこの話は跡部が失恋する設定は同じだけれど、宍戸が跡部に「鳳と付き合う前は跡部の事が好きだった」と告白するエンドの予定だったのです。
書いてるうちに何故かこのようになってしまったけれど・・・orz

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「なあ、跡部。オレ、お前の事好きだったわ」

”だった”という過去形の言葉が宍戸らしいななんて頭の端で思いながら、表情を見せないように右手で目元を覆った。

「ーーー光栄だな。俺もお前の事が好き”だった”ぜ?」


こんな感じの展開考えてた。
なんかもう「どうしてこうなった」としか言えない。